第67回 7年目1月 横浜決闘(前編)
7年目1月
1月末のある日、小川ひかるがにこやかに社長に報告。
「大学のほう、なんとか卒業できそうです」
小川ひかるは4年目の春からオフの日を中心に横浜市内の大学に通い経済学を学び、レスラーとの2足のわらじを履いている。本人いわく「近いところを選びました」ので受験も難なくパスし、学業も「移動バスの中はテキストがよく読めます」とのことなので、巡業中は講義には出られないが、本人いわく「大学というところは試験さえ受ければ単位が取れます。あとはその積み重ねです」とのことで、定期試験のある7月と1月だけはハードだったが、あとは難なくこなしていた。それでも何科目かは試験を受ける代わりにレポートを提出してしのいでいた。
「引退後の事を考えて、取れるものはとっておきたいですから」
社長はその日小川と若手選手数人を「よこ川」に誘った。
***********************
2月シリーズ「UZUMAKIバトル2016」が始まった。
緒戦は久しぶりの沖縄興行。SPZ王者のベルト、団体最強の称号を持って凱旋した上原を4199人のファンは大歓声で迎えた。永沢舞・吉田龍子と「3・4・5期生連合トリオ」を組んで、伊達沢崎秋山の1期生トリオと激突。しかし一期生チームの上原の地元だからといって花を持たせるつもりはまったくなく、逆に「大恥」をかかせてやると意気込んで後輩たちを迎撃。長年かけて培われた連係で追い込んでゆくが、永沢も吉田との連係でダブルインパクトを初披露し秋山を戦闘不能に追い込む。しかしー。
伊達の殺人ヒザ魚雷が永沢の腹部に命中。
「あが・・・」
永沢は直後のフォールを返せなかった。一期生トリオが32分38秒の激闘を制した。
************************
サーキットは九州から四国へ回り、第3戦は高知大会、メインは地元凱旋の南姉妹が小川を加えたトリオで吉田永沢新咲の「4-6期生連合軍」と激突。
「ガンバレ南利美」「関節のヴィーナス降臨」などといった横断幕が立ち並ぶ中のメイン。しかし南にはかつてのように試合をリードする力はなく、最後は吉田永沢のダブルパワーボムに小川が撃沈されてしまった。
**************************
第5戦大阪城大会。メインで組まれたのは吉田・新咲の持つSPZタッグベルトに南姉妹が挑戦するカード。
「ハイブリッド」
「はい」
「タッグでもベルトへの挑戦はたぶん今日が最後になるわ」
「えっ」
「さ、行きましょう」
姉妹タッグ、ハイブリッドがデビューして1年ぐらいは南利美が未熟なハイブリッドをサポートしていたが、いまでは南利美のほうが戦いについていくのに苦労するようになり、相手も底知れぬ素質のあるハイブリッドよりは落ち目の南を狙って攻めてくるようになった。トップに立っていたものとしてはそうとうな屈辱である。
「タッグマッチでは相手チームの弱い方を狙いなさい、その方が勝つ確率がぐんと上がるわ」と後輩に指導していた南、まさか自分がそれをやられるとは・・・
それでもハイブリッドが意地を見せ、吉田をネオサザンクロスロック、合体パイル、合体パワーボムで吉田をカウント2.8まで追い込む。しかし南が4人のなかで、ハイレベルな激闘に最初についていけなくなり、やっとの思いで新咲をブレーンバスターで投げ返してハイブリッドにタッチ。そのまま場外で横たわり荒い息をゼエゼエとはずませた。そして孤立したハイブリッドを王者組が仕留めるのにさしたる時間はかからなかった。フィニッシュは合体パワーボム。王者組が初防衛に成功。
_____________________
SPZタッグ選手権
吉田龍子、○新咲祐希子(39分39秒、合体パワーボムからのエビ固め)南利美、ハイブリッド南×
第3代王者組が初防衛に成功。
_______________________
ファンは39分39秒の激闘に沸いたが、南利美のプライドはズタズタであった。小川の肩を借りて控室に戻る。
―もう、私に残された時間はそう長くない・・・
*************************
さて2月シリーズ最終戦は横スペ大会。
「横浜決闘 上原VS伊達 SPZ世界タイトル戦」
といった内容のポスターが横浜線や京浜東北線の駅に貼られた。その効果もあって15749名の超満員札止め。試合開始前、今野社長により読み上げられたカードを聞いた満場のファンは一瞬静まり返った。
第1試合は定番カードの「踊るの大好き」渡辺智美対「6時半の女」保科優希、両者の抗争?はここ2年以上続いている。両方とも団体内での位置づけは「アイドルレスラー」だが、基本技の攻防はしっかり行う。渡辺も実力はつけて来ているし、保科も南とおなじ年齢なので能力に翳りが見え始めているのだが、保科が渡辺の勢いをうまくいなしながら渡辺のスタミナを徐々に剥ぎ取ってゆく。
「これで決まりです~」
保科がリング中央でアキレス腱固め、渡辺も散々この技を食らっているのでポイントをずらして脱出。しかし最後は保科が教科書どおりのキレイなフォームでドロップキックを放ち、渡辺からカウント3を奪取。第1試合から26分56秒の激闘。これがSPZクオリティなのかとファンは熱い歓声を送った。
続いて組まれた第2試合は、南利美対小川ひかる。ながいあいだトップ戦線で活躍してきた南にとって、こんな大会場での第2試合は「屈辱」にまみれたカード。南を実力で追い越した選手が多くなるに至って、今野社長も配慮しきれなかった。
プライドを傷つけられた南は小川に猛然と襲いかかって行った。だが小川も手の内の知れた相手なのでドロップキックや脇固めで応戦。しかし前座に回された悔しさをぶつけた南が裏投げ2連発。しかし小川がこれをカウント2で返し、そしてSTFで反撃。これはニアロープだったので助かった。
小川さんにまで負けたらリングに上がれない!
鬼気迫る表情で南は3発目の裏投げ。小川はたまらず場外にエスケープ。しかし南は容赦せず場外で逆片エビ固めの追い打ち。
「南!リングに戻りなさいっ!」
井上レフェリーが珍しく声を荒げる。
その声にはっとした感じで逆片エビを解いてリングに戻る。そのあと場外カウント18でリングに戻ってきた小川だったがもはや立っているのがやっと。南がショルダータックルで倒してカウント3奪取。それでも小川を仕留めるのに23分19秒を要した。
***********************
第3試合は新咲、富沢レイの異色タッグにドリュー・クライ、ユーリ・スミルノフのカード。13分の熱戦の末、新咲がスミルノフをフェイスクラッシャーで仕留めた。その試合が終わると休憩。
前半3試合だけで入退場を含め1時間20分を要する熱戦の連続。ファンは面白いさすがSPZだと感心したが、まだ「料理」は半分以上残っている・・・・
後半4試合目、秋山沢崎対ナスターシャ・ハン、クロフォードのカードが試合が始まったのが午後8時10分。
ナスターシャの掌底をもらった秋山が鼻から流血。これで動きが鈍った秋山をナスターシャが攻めて追い込むが、そこは長年の盟友、沢崎が自慢の投げ技でフォローし、クロフォードが出てきたところで猛ラッシュ。しかしクロフォードも粘ってナスターシャにつなげる。この試合はナスターシャが意地を見せ執拗なアキレス腱固めで秋山をギブアップ寸前に追い込む。けっきょく30分フルタイムドロー。
―うわやばい時間押してきたよ。
今野社長の心配をよそに午後8時50分、本日の目玉である「3大シングルマッチ」その1.草薙みこと対吉田龍子。
―いつまでもアンタの時代じゃないんだよ!
吉田がムーンサルトプレスを3連発で叩き込む。重量級の吉田が天空から何度も降ってくるのだからたまらない。草薙は無念のカウント3を喫した。長い試合が続いて疲れ気味の館内を察したのか、吉田が10分足らずで草薙を仕留めた。
セミは進境著しいハイブリッド南が前SPZ王者の永沢舞と激突。4期生の永沢が自信を持って戦い、「とおー」投げ技連発でハイブリッドを追い込む。ハイブリッドもネオサザンで反撃したがそれまでで、最後は永沢のムーンサルトからジャンピングニーの猛攻に撃沈。勝負タイム13分14秒。
そしてメインの上原今日子VS伊達遥のSPZ選手権。
(長くなるので続きます)
« 第66回 上原今日子、悲願のSPZベルト初戴冠 | トップページ | 第68回 7年目2月 横浜決闘(後編) »
この記事へのコメントは終了しました。
コメント