7年目6月 SPZクライマックス予選会(南姉妹初対決)
7年目6月
横浜某所のイタリア料理店「アレグロ」
南利美とミミ吉原がスパゲッティとピザをつまみながら雑談まじりの深刻な話をしていた。
「最近、先月あたりからか、思った通りの動きが出来なくなってきた気がするんです。この間も吉田のラリアットをかわせると思ったらまともに食らっちゃって・・」
「あー、リミちゃんにも来ちゃったの、はー、時のたつのは早いわね」
ミミ吉原は彼女の経験―たいていの女子レスラーは22歳~23歳ごろから能力に翳りが見えはじめ、それまでは易々とできていたムーブがどんどんできなくなってくる、格下と思っていたレスラーに勝てなくなる、といった現象が起こりだす。前にいた団体でもそうだったと話した。
「あたしも最後の一年くらいは悩まされたわ。そして、今だから言うけど、リングに上がるのが怖くなって・・・・」
「それで、引退・・・・」
南利美は衝撃を受けた。あたしのレスラー生命はあと1年。
いまの南のポジションはSPZ王座をめぐる激闘戦線からは一歩引いて、ハイブリッドとの姉妹タッグや、地方では草薙と組んでメインに出ることもあるが、どちらかといえば脇役になりつつある。それすらももう守れなくなる。
「ミミさん、私はどうすれば・・・」
「今できることを、その日その日で納得できることをやったほうがいいわ。でも、リングに上がることが怖くなったり、もうだめだと思ったら、そのときは・・・・」
「はぁ・・・」
「ま、あたしが最終的に引退を決意したのはひかるちゃんにシングルで負けたからなんだけどね。上原さんに負けたときはショックでホテルで一晩飲み明かしたけど、ほら、ひかるちゃんはモロあたしの教え子で実力そんなでもないと思ってたから、ショックどころじゃなかったな、で、同じシリーズの最終戦でリベンジしたんだけど、試合のビデオ後から見て、ああこれはあたしの試合じゃないって思ったのが止めになったね」
「・・・社長になんていえばいいんでしょうか」
「いや、社長は話の分かる人よ。ストレートに『思うように動けなくなったから辞めます』って言えば分かってくれるわよ。ひかるちゃんのときはそうも行かないけど、あの人ひかるちゃんにゾッコンだから」
「ぷっ」
「ははははは・・・」
「でもね」ミミ吉原が続ける。
「ハイブリッド南がトップに立つまでは現役を続けた方がいいと思うわ」
「いや、あれはまだまだ、技術や素質はいいもの持ってるんだけど根性が・・・」
「ぷっ、リミちゃんに似たのね。一期生の中ではあなたは根性とは縁遠かったものね、負けるときはあっさり負けるみたいな」
「あのままじゃ伊達さんや草薙さんのカベは越えられないわ」
「いや、伊達ちゃんは関節防御ヘタだからそのうち勝てるわ、その日までは現役であの子のサポートをしてあげた方がいいわ」
「・・・そうね、がんばってみるわ」
「予選会頑張ってね、ハイブリッドさんとも当たるでしょ」
「あ、そうか・・・そうだったわね・・・」
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ある意味SPZクライマックス本編よりも面白いと言われているのが6月に行われるSPZクライマックス予選会。今回出場するのは前回の本大会で5位以下だった上原、南、沢崎、秋山に実力中堅どころの小川ひかる、富沢レイ、EWA代表の常連外人マリア・クロフォード、そして6期生で進境著しいハイブリッド南、の8名で争われ、上位4名に本大会の出場権が与えられる。
初戦は青森大会。
上原○(2点)―ハイブリッド(0点)
予選会は全勝して当たり前だ。上原今日子はそう考えてハイブリッド南に襲い掛かって、ほとんど何もさせずに一蹴した。フィニッシュはフェイスクラッシャーだった。
南○(2点)-小川(0点)
元チーム関節地獄同門対決。
「いくら動きが鈍り始めているとはいっても小川さんに負けるはずがないわよね・・・」脇固め腕ひしぎで着実にダメージを与え、最後は延髄斬り3連発で小川からキッチリフォール勝ち。それでも16分40秒を要したあたり、小川の頑張りというか南の圧倒力がなくなってきたというか・・・
沢崎○(2点)-富沢(0点)
ジャーマンで沢崎完勝。
秋山○(2点)-クロフォード(0点)
秋山の順当勝ち。
2戦目は岩手友愛ドーム大会。
上原○(4点)-小川(0点)
いまさら小川さんに負けるわけがない。でも関節技には気をつけよう、上原はそう考えて小川を潰しにかかった。
「ふんっ!」試合中盤、パワフルな上原のフランケンシュタイナーが決まる。女子団体では相手の協力を得て辛うじて決めるフランケンシュタイナーが多いのだが、上原は自らのバネだけで小川の脳天をモロにマットに串刺し。これで小川は意識が飛んで、続くパワーボム、フェイスクラッシャーの大技波状攻撃の前にフォール負け。場内の半数は上原のカッコいいファイトに拍手喝采。敗れて渡辺の肩を借りて引き上げる小川にもけっこうな拍手が送られた。
南○(4点)―富沢(0点)
一瞬の脇固めでギブアップ勝ち。
沢崎○(4点)-クロフォード(0点)
ネックブリーカーで沢崎快勝。
秋山○(4点)-ハイブリッド(0点)
秋山もまだまだ実力者。ハイブリッドをストレッチプラムで痛めつけ、最後はDDTでキッチリフォール勝ち、一期生の貫禄を見せた。
第3戦は秋田大会。
上原○(6点)-富沢(0点)
上原がフェイスクラッシャーで完勝。
南○(6点)-クロフォード(0点)
ジャーマンで南の快勝。
沢崎○(6点)-ハイブリッド(0点)
ハイブリッドもSTFを出すなど健闘したが、いかんせん手数が少なすぎた。フィニッシュはネックブリーカー。
秋山○(6点)-小川(0点)
試合中盤小川がSTFで勝負に出たが秋山もきっちり振りほどく。これで闘志に火がついた秋山、力の入ったコブラツイストをガッチリ決めて、みるみる小川の上半身が変形・・・
「ギブアップ、します・・・」
第4戦は仙台大会。もう2度と見られないかもしれないシングルマッチが組まれたので東京近辺からわざわざ来た人もいたようだ。
上原○(8点)-クロフォード(0点)
上原が予選会通過を決めた。フィニッシュはかかと落とし。
南利美○(8点)-ハイブリッド南(0点)
仙台でついに姉妹対決実現。ふだんは姉妹タッグを組んでいるのだが、予選会リーグ戦でついに激突。ある意味で夢のカード。
「いい、リングに上がったら先輩も後輩も師匠も弟子も関係ないのよ、潰しにかかってきなさい」
かつてミミ吉原に言われた言葉をそのまま妹に投げた。
試合は地味なスリーパーや脇固めの応酬で始まった。中盤、ハイブリッドがSTF―ネオ・サザンクロスロック―を出してきた。
「それで勝とうと考えているの?」
腕のフックをあっさりと切って脱出した南。そのあと南がアキレス腱固めでハイブリッドを攻め続けて動けなくしておきてからー
「覚悟しなさい!」
何人ものレスラーを葬ってきた飛びつき腕ひしぎ逆十字。たちどころにハイブリッドの腕関節が曲がってゆく。
―とっとと参ったしなさい、折るわよ。
南利美の目を見てうわ折る気だと察したハイブリッド、しかたなくギブアップの意思表示をした。それでも23分27秒の好勝負となった。
―なんとか勝てたわ。
安堵の表情で引き上げた南。
沢崎○(8点)-小川(0点)
タイガースープレックスで沢崎も予選会突破。
秋山○(8点)-富沢(0点)
DDTで秋山も通過。これで予選会は実質的に終わり、通過者と敗退者の4人ずつが確定した。とはいえ敗退組は2年前の小川のように出場者負傷による繰上げ出場の可能性も考えられるので、一つでも順位を上げておきたいところである。
第5戦山形大会。
富沢○(2点)-クロフォード(0点)
富沢がやっと初日。
ハイブリッド△(1点)-小川△(1点)
30分時間切れ引き分け、ハイブリッドがアキレス腱固めやサソリ固めで小川をグロッギー状態に追い込むも、小川も懸命に粘ってSTFでお返し、30分時間切れドローに持ち込む。決して派手ではないが両者の激闘に会場のファンは惜しみない拍手を送った。
試合後の南・草薙連合軍控室。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・」
まるで敗者のような足取りで控室にたどり着き、床の上にぶっ倒れる小川。若手の頃は連日だったが、最近はこういうシーンは珍しい。
そこへハイブリッドが戻ってきた。次の試合に出る南が厳しいアドバイス。
「確かにお客さんも沸いたいい試合だったわ、でも厳しいこと言うようだけど、これから頂点を目指すんだったらあんな試合しててはダメよ。あれを見なさい。小川さんは本当にギリギリ逃げ切った感じ、あの状態になった人にとどめをさせないようでは一流とはいえないわ」
「リミさん」横たわったまま小川が一声かける。
「私も・・全敗だけはしたくなかっただけ。少しはいいカッコ、させてくださいよ・・・」
秋山○(10点)-沢崎(8点)
タッグパートナー同士の対決は秋山に軍配。フィニッシュはネックブリーカー。
南○(10点)-上原(8点)
中盤までは南が劣勢。上原のローリングソバットやシャイニングウィザードに押され気味。しかし必死に手数を返していってリング中央、不用意に上原が組み付いてきたところを脇固め一閃。これが極まってしまった。
「う、あ、あぎゃあ~」
ふん、脇固めか。→
あれ、おかしいな感覚がちがう→
何だ凄く痛いっ→
ダメだっ!。ギブアップ。
上原の表情がたちまちのうちに変化し、南が勝利を収めた。こんな勝ち方は南しかできない。劇的な幕切れに場内大盛り上がり。
第6戦はいわき大会。
クロフォード○(2点)-小川(1点)
クロフォード初勝利。
ハイブリッド○(3点)―富沢(2点)
ハイブリッドも初勝利。
南○(12点)―秋山(10点)
28分58秒の激戦の末、南が延髄斬りで秋山を下して全勝を守る。
上原○(10点)-沢崎(8点)
上原が終盤大技攻勢。最後は粘る沢崎をシャイニングウィザードで振り切った。
第7戦リーグ戦最終日は滋賀大会。
小川○(3点)―富沢(2点)
最終戦でようやく小川が初白星。
ハイブリッド○(5点)-クロフォード(2点)
ハイブリッドの5位が確定。小川6位富沢7位クロフォード8位。
沢崎○(10点)-南(12点)沢崎が終盤怒涛のスープレックス攻勢で南を下した。
秋山○(12点)―上原(10点)
秋山の関節技が冴え渡りドラゴンカベルナリアで大ダメージを与える。上原もニールキック連発で猛反撃するも、最後は2度目のドラゴンカベルに無念のギブアップ。この結果予選会の通過順位は1位通過南、2位通過秋山、3位通過上原、4位通過沢崎の4名となった。
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