第52回 はじめてのすいどうばし(前編)
前回のあらすじ
お嬢様プロレス団体「SPZ」は7年目を迎え、ついに首都圏最大の会場、新日本ドームで興行を打つことになった。観客動員はどうなるかわからないが、今考えられるベストなカードをぶつけた。
そして最終戦、新日本ドーム。
リング搬入が午前中というスケジュールなので、スタッフ総出で朝から水道橋にある新日本ドームへ向かった。今野社長は例によって旗揚げメンバーの保科優希、小川ひかるを連れて湘南新宿ラインの「グリーン車」で新宿。そこから黄色い電車で水道橋。正面入口の「SPZ TOKYO DOME -a will-」の大看板を見て社長フラッと立ちくらみ。その場にフラフラとうずくまってしまう。
「だ、だだ大丈夫ですか社長?」
「いや、小川しゃん、ちょと興奮してくらってしただけ。6年前から考えたら信じられないんだけど」
「凄いです~」
二塁ベース後方にリング設営。今野社長と小川、保科、渡辺のほかに井上秘書、会場スタッフが手伝ってリング設営が終わったのが10時頃。このあと照明やら音響やら花道設営なんぞで会場スタッフはてんてこ舞いが続く。
「じゃあ本番まで8時間もあることなんで控室でまったりとお茶でも・・・」
モニターを見ながら3人はこれまでの思い出話をしながら過ごした。そのあと昼食。支給されたスタッフ弁当をパクつく。
「小川さん、カメラテストやるからリング来て」
オーロラビジョンに大写しになるのだが、今回は初のドーム興行でクレーンカメラとかの設置テストも時間がかかっている。
「もう逃げられないわよ!」ジャージ姿の小川がにこやかに。
カメラテストのやられ役は社長。STFを手加減状態でかけられる。
「うぉ、痛い、痛い、痛いーーギブアップ」
14時、当日券の発売開始。前売りではけっこう売れたそうだが当日券が伸びるかどうか。社長は気を揉んだ。しかし選手が集合する頃にはー
51967名(超満員札止め)。
「えうおえう」
「社長、言葉になってません」
井上秘書の鋭い突っ込みにも社長はものがいえない状態。
「みんなありがとう。あとは内容で今日来たお客さんを喜ばせてください!よろしくお願いします」
ひとしきりリングでみんなが練習したあと、17時半の開場。控室のモニターを選手は吉田永沢上原の3人は食い入るように見ていた。
「すげえ・・・」
「やるしかないね、チャンピオン」
「がんばれ、ガンバレ!」
一期生は言葉にできない感動。1000人を埋めるのがやっとだった旗揚げの頃からは信じられない光景が目の前。涙を流す選手もいた。
「みんなで・・・・力をあわせると、こんな事が・・・出来るんやね・・・ぐすっ」
さて公演開始の18時半。よくわからない機械質の音楽が数分流れ、ついでオーロラビジョンにSPZの旗揚げからのダイジェスト映像が流れる。そしてファンファーレ。バックスクリーン横に現れたのは格闘技中継でおなじみ、呼び込みの外人おばさん、ルナー・シャンテ女史。
「レディイイイス、エンド、ジェントルメェェェン!エス、ピーゼット!エスピーゼット!エスピーーゼーット!」
ほどなく満場のファンも応えて「SPZ」コール。そして
「エスピーゼット!イン シンニホンーーーードームゥゥゥ!!421-アアアアアアアーウィルゥゥゥ!!」
「クリエイター、キーリーコーイーノーウーエ!」
なんと花道に登場したのはスーツ姿の井上霧子。客席に投げキッスを送りながらリングへ。
「SPZプレジデントォォォ、カーズーヒーローコンンノォォォ!」
「イタリー製スーツ」姿の社長が花道をリングへ。そのあと挨拶は井上秘書が。
「本日はこんなにたくさんのお客様が起こし頂き、まことにありがとうございます。思い起こせば6年前、わずか3人の選手と私どもスタッフで植えたSPZプロレスの種が、今日こんなに大きな花を咲かせることができました。咲いた・・・ぐすっ・・・この・・・花を、ぐすっ、未来へ、・・・」
あとは詰まって言葉にならなかった。社長も興奮気味に7試合のカードを読み上げる。そのあと社長が、
カン、カン、カン、カン・・・ゴングを鳴らし
「大変長らくお待たせいたしました、ただいまより第1試合を行います」
第1試合はあえて定番カード、保科優希対渡辺智美をもってきた。まずドームに響いたのは少し昔のディスコ音楽。渡辺智美のテーマ。次にラヴェルの「ボレロ」で保科優希が入場。
「ファイッ!」井上霧子レフェリーが試合開始を宣する。地方では何十回も行ったカードだが、今日の保科は珍しく緊張というか感慨に震えていた。いつもは保科ペースの試合が序盤はむしろ渡辺がドロップキックやヒップアタックでのびのびと攻める意外な展開。ようやく体制をたてなおし、ステップキックやタックルで攻めに転じ、最後はロープに振られたところを背面トペで押しつぶして渡辺から3カウントを奪った。勝負タイム15分37秒。ここで特別ゲスト、ミミ吉原さん登場。勝った保科の手を上げて花束を渡す。
「よくここまで頑張ったね」
「ありがとうございます~」
満員の観衆から喝采を送られながら、花束を持った保科が退場。
続く第2試合はミレーヌ・シウバ対カレン・ニールセン。ミレーヌ・シウバも草創期のSPZに南利美の最初のカベとして立ちふさがった人であり、古くからのファンの間でもなじみが深い。裁くレフェリーはAACのJ・ハヤトール氏。シウバの打撃とカレンのレスリングセンスがまっこうから激突する好勝負。最後はカレンがエルボーでシウバを下した。
そして再び井上レフェリーが裁く第3試合。90年代に大流行したテレビアニメのテーマ曲に乗って富沢レイが入場。対戦相手はSPZの常連外人、「ちょい悪」マリア・クロフォード。実力では同期の草薙みことに遠く及ばないが、人気は互角以上(と本人が主張している)の富沢、フェイスクラッシャーなどでクロフォードを追い込んだが、最後はリング中央でクロフォードのアキレス腱固めが長時間決まってしまう。
「いやあああああーっ!」
悲鳴を上げながらも粘った富沢だったが無念のギブアップ。勝負タイム19分56秒。リング上で一礼して、渡辺の肩を借りて引き上げる。ここで15分の休憩。
「やっぱりSPZはガチな団体だ。レイちゃん最後、足完全にやられちゃったもんなぁ」ざわつく館内。
(続く)
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