第340回 ギムレット美月の「それから」(2)お金と勇気。
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ギムレット美月、それから (2)
2028年12月31日、午後3時、さいたまスペシャルホール。スタッフの運転する車で会場入りした八重樫美月(26)。きょう行われる大晦日の格闘技イベント「アポカリプス」に参戦するため、昼間に後楽園プラザで行われたSPZ選手会興行での自分の試合が終わるや駆けつけた。
「私は総合格闘技なんてやったことありませんし、あれは別の競技ではないですか?」
12月頭に参戦のオファーがあったとき、いったんは断った美月だったが、提示された「けっこうな額」のギャラに変心した。
―目的のためには、信条を曲げることも時には必要ですね。
プロレス会場のオーナーになるという目的があり、その資金を稼ぐために八重樫美月は参戦を了承した。
控室に着くやいなや着替え。ギムレット美月のコスチュームを脱ぎ、黒いカッターシャツとロングタイツに着替える。殺し屋レスラー、ジ・オブリビオンの出来上がりだ。
そのあと今日2度目のアップ。後楽園プラザでシングルマッチを闘ったあとで、疲れてはいるがプロレスラーとして最善をつくさなければならない。
そのあとインタビューの撮り。午後6時からの試合は御台場テレビ系列で生放送である。
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そのころ横浜戸塚のSPZ本社。今野役員と井上霧子、吉田社長がビールを飲みながらテレビ観戦していた。
「美月ちゃん、大丈夫かしら~」
「まあ殺されはしないと思うよ。」
「んー、今野さん、対戦相手誰なの」
「外人姉ちゃんっぽいね。ルシャガワ・ラウシーっていうアメリカ人格闘家だってさ、空手と柔道やってたって」
「聞いた事ないわね、あ、そろそろ番組始まるわ」
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「いよいよ始まりました大晦日の格闘技イベント『アポカリプス』第1試合はジ・オブリビオンことギムレット美月が登場いたします。」
「驚きましたねえ、日本最強の女子プロレス団体SPZでチャンピオンになったレスラーでしょう。そんな選手が総合格闘技のリングに上がってくるわけですから」
解説の元格闘家、ヘルクラッシャー東浦が驚きの表情でコメント。
「うっわー、元ウチ所属を前面に出しとんのか~」
今野役員がテレビの前で顔を覆う。
ちなみにギムレット美月はAACチャンプになったことはあるが、団体では中堅どころのポジションだったのでSPZベルトはシングル・タッグともに巻いてはいない。
「それではここでオブリビオンことギムレット美月選手の映像を見てみましょう」
「あっ、誰だ映像素材出したの」
スターライト相羽を関節技でいたぶるギムレット美月の映像が。おそらく15年目頃の映像だろう。しかし画面右下に(映像提供:大日本テレビ)と出たからお台場テレビサイドが大日本テレビに掛け合ったものと思われた。
「もともとSPZは関節技やグラウンドレスリングが強い選手がいっぱい集まってましたからね。総合格闘技でもその恐ろしさが発揮されるんじゃないですかー?」
「んー、まずいかも知れんね」
吉田龍子は顔を曇らせた。ここで八重樫美月が惨敗してしまったら、SPZの最強神話が崩れ、観客動員にも響いてくるのではないか。分かっているファンがすべてではない。
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「それではここで試合前の控室の様子を除いて見ましょう。赤コーナー側リポーターの小坂さん」
「はーい、試合前のオブリビオン選手ですが、真剣そのものですね」
オブリビオン、無表情をよそおってオープンフィンガーグローブの感触を確かめ、シャドーボクシングの真似事なんぞをやっている。
「ちょっと意気込みを聞いて見ましょう、今の心境は」
「you will pay、dying!thousand death! thousand death!」
(訳:お前は代償を支払う!1000の死!1000の死!)
あくまで殺し屋のギミックを演じるオブリビオン。
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そして試合開始、「oblivion」が流れて、赤コーナー側花道からオブリビオンがゆっくり歩いてリングへ。表情が少し硬い。
―100%負けるとしても、レスラーの意地を見せられたら。
ロープの間をくぐってリングイン。一線を退いたとはいえ、人気レスラーの総合格闘技参戦に場内ハイテンションマックス!
「赤コーナー、ジ・オブリビオン~!!」
リングアナのコール。
「ギムレットー!!」「美月さん、頑張れー!」
「会長―!!」SPZ時代の会長コールまで飛び出した。
総合格闘技ルール、5分3ラウンド。ゴングが鳴った。
カンッ。
「せいっ!!」
オブリビオン、いきなりダッシュして間合いをつめて、右腕でラリアット。あくまで闇の殺し屋としてのファイト。ギムレット美月の頃は使っていなかった技。しかしルシャガワ、あっさりとかわしてタックルで転ばせる。そのまま上へのしかかって、オブリビオンの頭部へ重いパンチを撃ち込む。
がすっ。
「美月!」
テレビ観戦していた吉田社長の顔色が変わる。
「あー、終わった」
井上霧子も顔を覆う。
しかしオブリビオン、砕けそうな意識をつなぎとめて、なんとかルシャガワをグラウンドで組みとめて、フェイスロックに捕らえた。手首のリストバンドの部分で鼻をつぶす。SPZで若手の頃、小川ひかるに良くやられていたムーブだ。
ドワアアアア!
ごきっ。
鼻のひしゃげる音。飛び散る鮮血。
しかしルシャガワは意に介さず、決められた態勢のままオブリビオンのわき腹にパンチを打つ。
がっ、がっ。
三発目で肋骨に電気が走った。
―もう、このへんで、いいかな。
オブリビオン、血で滑ったような動きに見せかけてフェイスロックを解いた。あとは馬乗りになったルシャガワが側頭部へパンチ。パンチ、パンチ。
―伊達さんの蹴りよりかは・・・マシ。
しかし四発目でついに意識が砕けた。レフェリーがここで試合を止めた。オブリビオンTKO負け。
「1ラウンド43秒、マウントパンチでルシャガワ・ラウシー選手の勝ち」
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「いやー解説の東浦さん、短いながら見ごたえのある攻防でしたね」
「最初に不用意にラリアットをやったのが響きましたね。あれでルシャガワが上になっちゃいましたから。しかしオブリビオンもうまく組み付いてフェイスロックをやりましたからね、血で滑ったのが惜しかったですね」
試合後のリング上、オブリビオンはなかなか起き上がれなかった。「アポカリプス」専属のリングドクターまで駆け上がって状態をチェック。
―美月さん、美月さん!!
ぼうっとかすむ意識の中、セコンドのキューティー金井(現タレント)が涙ぐんでいた。
「何秒・・・持ちましたか」
「えぐ、えぐ・・えっと、43秒だって、大丈夫、いまタンカ来るから」
「・・・・必要ありません。歩いて帰ります」
気付けで、ペットボトルの水を頭からかぶる。吉田龍子やスイレン草薙にやられたときも、よほどのことがない限り自分で歩いて帰った。
リング上でお辞儀をしてから、そろりとリングを降りて、ふらつく足取りでさいたまスペシャルホールの長い花道を歩く。なにやってんだという罵声を覚悟していたが、
「美月さん、ありがとう!」
「会長、よくやったぞ!」
―やっぱり、SPZのファンは・・・・
古くからのファンは分かっていた。これは無謀な挑戦だということは。わかったうえでむしろその勇気を称えてくれる。実力微妙で10年戦い続け、第一線を退いてもなお声援を送ってくれる。お金のために違う競技のリングに上がっても。
八重樫美月、涙をこらえながら花道を歩ききって、もう一度お辞儀をしてからカーテンをくぐる。そのあとすぐ倒れこんだ。
「美月さん!!」
キューティー金井があわてて駆け寄る。」
「心配ありません・・・少し横になれば、回復します・・・」
控室には羽山海リングドクター(SPZ社外取締役)が来ていた。これは無謀な挑戦を案じたキューティー金井があらかじめ手配しておいたのである。
「はーい、どうしました?腰が痛い?あー、それは、重い、重~い、肋骨骨折かもしれませんね~、すぐにお手当てしないと大変です。では、そこに横になってください、ふふ、リラックスして・・」
ブスーッ。
「はい、痛み止めー、肋骨ひび入ってるかも知れないから、2週間は安静にしててね~」
八重樫美月、このあと控室でしばらく横になったあと、キューティー金井の運転する車で東京府中の自宅へ帰った。
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