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2009年6月15日 (月)

まだ信じられません・・・・

(本日は通常更新の予定を急遽差し替えます)

スポーツ新聞朝刊の一面は「三沢死す」、

ニュースサイトも、レスラーのブログも突然の訃報を大きく扱い、

一夜明けたプロレスリングノアの博多スターレーン大会では遺影と献花台・・・・

この現実を受け止めざるを得ない状況。

(はっきり言って今日は仕事になりませんでした・・・)

ちょっとWASのリプレイを出す気になれないので、追悼文に差し替えます。

「王者の魂」

そして、

「J」 が本来の用途で聴けなくなって幾年、

「スパルタンX」も同様の運命をたどろうとは・・・

*************************

《本家サイト プロレス観戦記からの転載》

1992年8月22日 日本武道館大会(全日本プロレス)

メインイベント 三冠ヘビー級選手権 三沢光晴(挑戦者)対 スタン・ハンセン(王者)

鶴田フォール負けの余韻を引きずりながらメインの三冠戦が始まった。王者ハンセンは1月に鶴田からタイトル奪取後、3月三沢、6月川田、7月田上と日本人チャレンジャーを次々撃破し、今回三沢の再挑戦となった。三沢は「今回駄目だったら1年間は挑戦しない」と公言し、自ら追いこんでハンセンと対峙した。

試合はハンセン独特の「重量感あり、かつブレーキの壊れたダンプカーと評された勢いあり」の攻撃で三沢を攻め込んで行く、が三沢もエルボーやキックで反撃する。三沢のフェースロックで三沢に流れが傾いたが、ハンセンも前シリーズ三沢が負傷した肩を狙って反撃する。20分過ぎ、ハンセンが三沢に珍しくしつこく腕ひしぎ逆十字をかけ続け、館内からは悲鳴が沸き起こる。ロープブレイク後、両者ダウンのあとフラフラと立ちあがった所へ三沢が渾身のエルボーを叩きこみ、そのままフォール勝ちを奪った。三沢の初戴冠に館内は大盛り上がり。ハンセンが勝ちを急ぐあまり三沢の肩にこだわり過ぎたのが敗因と思われた。館内にはスパルタンXが流れ続けていた。

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