2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 第792回 最強の挑戦者 | トップページ | 第792.7回 W頂上決戦予告編 »

2009年10月12日 (月)

本家HPより・東京の地下鉄に一日で全部乗る

全国のWASファンの皆様こんばんわ。

今日は筆者のリプレイ中断状態のため、在庫が急激に減る一方なので、予定を変更して本家HP(yamamix.com)から6年前の旅行記をさらしてお茶を濁します。

「フロッグマン」にもありましたが、何かを成し遂げると世界が変わる。そう信じていたいものであります。

*******************************

「東京の地下鉄に一日で全部乗る」
2003年5月20日(火) 所要時間15時間36分 費用発生5,573円

450聖蹟桜ヶ丘・・・533新宿538・・・540都庁前548・・・(都営大江戸線)・・・707光が丘713・・・719練馬727・・・743池袋749・・・753巣鴨759・・・824西高島平826・・・(都営三田線)・・・920白金高輪・・・924目黒926・・・930白金高輪931・・・(南北線)・・・1007赤羽岩淵-赤羽1019・・・1042新宿1102・・・(都営新宿線)・・・1132本八幡1138・・・1143西船橋1146・・・(東西線)・・・1228中野1235・・・1240荻窪1244・・・1254中野坂上1258・・・1305方南町1310・・・1316中野坂上1317・・・(丸の内線)1356池袋1401・・・1407小竹向原1408・・・1420和光市1432・・・1450新線池袋1458・・・(有楽町線)・・・1528新木場1530・・・1542有楽町1548・・・1554秋葉原-末広町1637・・・1645浅草1649・・・(銀座線)・・・1722渋谷1730・・・(半蔵門線)・・・1800押上1805・・・(都営浅草線)・・・1827泉岳寺1831・・・1846西馬込1850・・・1857五反田1902・・・1907恵比寿1912・・・1915中目黒1920・・・(日比谷線)・・・2003北千住2010・・・2015綾瀬2028・・・2033北綾瀬2034・・・2040綾瀬2044・・・(千代田線)・・・2124代々木上原2151・・・2154下北沢2156・・・2200明大前2205・・・2225聖蹟桜ヶ丘

システム手帳とかによく載っているのが東京の地下鉄路線図だが、あれを見ると東京の地下鉄もずいぶん網の目のようになってきたなと思うのである。そして「これ全部一日で乗れるんだろうか」と考える人はいるだろう。しかし、しかし、実際にやってみる人はまずいないであろう。地下鉄は展望もないただの通勤路線である。それを一日かけて乗り潰そうとする人は「アホの極致」である。

仕事でいろいろあって魔が差したのか、小生も「アホの極致」に挑戦してみようと思い立った。だがほんとうに一日で乗り潰せるのか。先日亡くなられた紀行作家の宮脇俊三さんはこの奇行に挑戦し朝から乗りはじめ夕刻には全部乗った記録があるが、半蔵門線や大江戸線が全通する前の記録であり、難易度的にはいまのほうが遥かに厳しくなってきている。こうなると綿密にプランを練らねばならない。

ひとくちに地下鉄と言っても地上区間もあり、逆に私鉄JRのなかにも地下の区間があるが、世間一般として地下鉄として認知されている、営団地下鉄と都営地下鉄の12本すべてを乗ろうと考えた。大江戸線以外は東京の西と東を結んでいるので全部乗っても1本あたり1時間かからない。それよりも終点から次の路線の起点への移動をどう効率的に行うかが鍵となる。この計画は知的なゲームであった。だが実際にやるとなると痴的なゲームとなる。けっきょく、乗る順番は効率をあまり考えずに都営優先として構築した。

5月26日火曜日、朝四時半に私は自宅を出た。早暁の野猿街道を自転車で突っ走り、桜ヶ丘から始発の京王線に乗る。車内で眠りこけ、5時半過ぎに新宿に到着した。京王の3番線から都営乗り場へ行き、長いエスカレーターを2つ下って、大江戸線乗り場へ。光が丘行きの電車に乗って、一駅、都庁前に到着。いったん改札を出て営団・都営の一日乗車券を1,000円で購入する。普通の小さいキップだが、きょうの日付と一日乗車券の文字が大きい。きょうはこれを何回自動改札に突っ込む事になるのだろうかと思う。

最初は大江戸線である。この路線は都庁前から東京をぐるっと一周し、都庁前に戻ってそのあと光が丘へ向かうといった6の字型のユニークな路線である。したがって都庁前からは、中野坂上経由光が丘行き、ここから始発となる上野・築地経由光が丘行き、六本木経由都庁前行きといった、同一路線でありながら3方向の電車が発着する。こんな珍妙無類な運行形態は国内ではおそらくここぐらいであろう。私が乗るのはこの駅始発の光が丘行きである。新宿を抜け、市ヶ谷方面へゴトゴトと音をたてて走って行く。昨夜は遅くまでゲームをやっていてしかも慣れない早起きをしたのであまり寝ていない。

断続的に眠り、勝どき・六本木を経て二度目の都庁前を過ぎ、7時7分、光が丘に到着。いったん車庫に入るため折り返しでそのまま座る事は出来ない。ホームには新宿方面へ向かう人の群れが。何やってんだろう私は、などと思う。次の目標は都営三田線である。そのためには西高島平まで行かねばならない。大江戸線で練馬へ出て、西武線に乗り換え池袋に出て、朝のラッシュをかき分けながら池袋駅の山手線乗り場へ向かう。駅張りポスターはパルコの水着フェアで、外人スーパーモデルがビキニ姿。これが何枚も張り出されており圧巻である。

サンシャインを見ながら山手線で二駅、巣鴨で乗換え高島平へ、蓮根で地上に出て、団地や倉庫が立ち並ぶ中を走り、8時24分西高島平着。折り返しで白金高輪行きとなる。三田線の車両はなぜか端っこが4人掛けのクロスシートになっているのでそこに座る。地下に入ってから一眠りすると大手町、三田を過ぎ終点の白金高輪。ここから目黒まではなぜか営団南北線と線路を共用している。釈然とせぬまま武蔵小杉行きに乗り、目黒で降りた。つぎは営団南北線である。西高島平行きに乗り、先ほどと同じ白金高輪で浦和美園行きに乗りかえる。南北線は営団の中でも最近出来た路線なので、各駅に転落防止ドアーがついている。四谷、市ヶ谷と北上し、駒込、王子を過ぎて10時7分、地下鉄終点の赤羽岩淵で下車。

つぎの目標は都営新宿線であり、当初の予定では駒込から山手線で新宿へと考えていたが、赤羽岩淵とJR赤羽駅は500mと近いので、歩いて赤羽へ向かった。JR埼京線で新宿へ。池袋から新宿まで停まらないので速いだろうと考えたが、ダイヤが乱れておりノロノロ運転で、並行する山手線に抜かれてしまう。10時42分、約5時間ぶりに新宿に戻ってきた。南口から都営新宿線乗り場へ。この路線を3番手に回したのは、日中しか運転されない急行に乗ってみたいからであった。地下鉄の急行運転は珍しい。つぎの急行本八幡行きは11時2分発と少し間があった。こういうときに食事を済ますのが良い。改札前のカレーショップで温野菜カレーの食事。

5分間でカレーを口に運び、ナプキンで口を拭い水を飲んでいざ出発。急行本八幡行きは見なれた京王線の車両であった。停車駅は市ヶ谷、神保町、馬喰横山、森下、大島、船堀のみであり、途中駅は通過であるからこれは痛快である。船堀の手前だけ、荒川を渡るために地上を走る。11時32分本八幡着。焼きたてパン屋のいいにおいのする中をJR乗り場へ急ぎ、総武線各停の津田沼行きに乗る。二駅で西船橋。つぎは東西線である。

11時46分発の快速中野行きに乗る。車両は東葉高速鉄道のものであった。この電車も東陽町までの地上部分は快速運転をやっており、浦安以外は通過となる。門前仲町、木場と過ぎて、大手町から都心部を横切り竹橋、九段下とすぎてゆく。高田馬場、落合を通って地上に出て、JR線と共用の中野についた。いったん改札を出て荻窪までの乗車券を買って、総武線の鈍行で高円寺・阿佐ヶ谷・荻窪。ここで丸の内線。

丸の内線は銀座線と並んで古い路線で、なつかしくもハイカラなメトロの香りがする。私鉄と相互乗り入れできない第三軌条方式だからだろうか。子供の頃よく親に連れられて新宿三丁目のデパートへ行った際によく乗ったのがこの丸の内線である。中野坂上でいったん降りて、支線である方南町を往復する。方南町行きの電車は3両編成であった。中野新橋、中野富士見町と年代を感じさせる駅を過ぎ、13時5分、方南町着。待ち時間を利用して地上へ出てみる。商店街の中に地下鉄の入口があった。

中野坂上へ戻り、今度は池袋行きに乗る。新宿三丁目、新宿御苑と過ぎ、四谷でいったん地上に出る。このあたりで私は眠ってしまった。目が覚めたら茗荷谷であった。ほどなく終点の池袋着。つぎは有楽町線である。いったん起点の和光市まで行く。小竹向原乗換えで14時20分、和光市着。この駅は東武東上線と共用である。新線池袋行きに乗って引き返す。小竹向原から池袋までは複々線区間で、有楽町線新線と呼ばれている。将来的には池袋から明治通りの地下を通って渋谷まで開通させるらしい。完乗を目指す以上新線にも乗っておく。14時50分、池袋着。きょう二度目の池袋駅構内を突っ切る。

机上の計画ではこのあたり、午後1時ごろの予定だったが、路線間の移動に予想外の時間を要しており三時前の段階でまだ6路線目の途中でまだ半分も終了していない。後半楽になるように組んではあるが、いったい何時までかかるのかと言う不安が募る。飯田橋の印刷博物館二階のとてもおいしいレストランで昼食にしようと考えていたがそんな余裕はなく、有楽町線を進む。ながいあいだ有楽町線の終点だった新富町を過ぎ、月島、辰巳とベイエリアに入る。ほどなく地上に出てりんかい線と並走し、15時28分、新木場に到着。反対側の電車に乗りすぐ折り返す。有楽町で地上に出て、山手線に乗換え秋葉原で下車。気分転換を兼ねて電気街を視察する。

三十分ばかり細かい電子部品やパソコンパーツのショップなどを瞥見して、昭和通りの小諸そばでいか天そばの食事をすませ、気を取りなおして末広町で銀座線に乗る。ここで自動改札に通せんぼされるハプニング。十数回も自動改札を出入りして情報が読み取れなくなってしまったのであろう。有人改札で券を呈示して通る。銀座線で浅草へ。上野から浅草までは昭和初期、もっとも古く開業した所でメトロの情感が濃いところである。ほどなく浅草、16時49分発で折り返し、だんだん夕刻の買物帰り客や通勤客で混み出す電車に揺られ、17時22分渋谷に到着。

夕刻の渋谷駅は混んでいた。地上二階の銀座線から地下の半蔵門線に向かうのも一苦労。17時30分発の押上行きに乗る。半蔵門から先はバブル期に建設されたせいか駅の作りが豪華に見えなくもない。水天宮前からはことしの3月に開業したての区間である。金武市長で大勢の客が降りた。次は終点、押上である。18時5分、押上着。真新しいエスカレーターに乗り、都営浅草線乗り場を目指す。いいかげんうんざりしてきたので売店で東スポを買って、羽田空港行きに乗った。車中でゆっくりとつまらない記事に目を通す。

泉岳寺で西馬込行きに乗り換える。五反田、中延と過ぎて終点西馬込着。これで都営は全部始末した。折り返しの公団線直通・印旛日大前行きに乗り、18時57分、五反田で下車。ここでも自動改札に止められた。雨の降る地上に出て山手線に乗換えて二駅、恵比寿に到着。向かい側のホームには湘南新宿ラインの小金井行きが停まっていた。階段の上り下りの連続でもう疲れたがあと二本、執念で乗るしかない。いったん西の起点の中目黒に出て、東急と共用のホームで北千住行きに乗りかえる。すでに日は落ち夜になっていた。

夕方ラッシュ時の日比谷線、六本木から先は眠ってしまい三ノ輪までは覚えていない。ほどなく北千住着。ここは東武線と共用のホームであり、日光行きの特急は何番線ですという旅心をそそるアナウンスが聞こえる。長い地下道を通って最後の1本、千代田線へ。まずは支線のある綾瀬へ。我孫子行きの電車で一駅、荒川を渡り20時15分、綾瀬着。並行する常磐線を特急や快速が轟然と通過して行く。20時28分発の北綾瀬行きは1番線の先端に設けられた0番線から発車する。この電車も3両編成であった、この電車はすべて地上区間を走る。遊園地の汽車のようなのろい速度で走り、北綾瀬に到着。すぐに引き返す。

いよいよ最後の電車、20時44分発の代々木上原行きの電車がやってきた。一時はどうなる事かと思ったが、後半は楽な接続が多く、まともな時間に終了できそうである。西日暮里、根津とだんだん都心部に入り、大手町を通る。大手町はきょう5度目の素通りである。二重橋前、日比谷と南下して、国会議事堂前を過ぎるとゴールが近いことを実感する。赤坂、乃木坂を過ぎると表参道。乗換え客がどっと下車する。明治神宮前、代々木公園を過ぎて地上に出て、小田急線が寄り添ってきて、21時24分。代々木上原に着いた。

十五時間半に及ぶ長い挑戦が終わった。件の一日乗車券をおそるおそる自動改札に通す。ここでは止められることはなかった。祝勝会を兼ねて駅前の定食屋で牛丼ときつねうどんの夕食。そのあと、ちょっとの達成感と、何と無駄な一日をすごしたのだろうとという虚無感、自嘲感を胸に、私は家路についた。

« 第792回 最強の挑戦者 | トップページ | 第792.7回 W頂上決戦予告編 »

コメント

今日はレッスル久しぶりにnewDataつくったょcatfacegood評価値900でヒューイットさんとこのヘビーベルト巻いたcatfaceムフ。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 第792回 最強の挑戦者 | トップページ | 第792.7回 W頂上決戦予告編 »