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2010年2月25日 (木)

緊急書き下ろし

(筆者風邪で通常更新が困難なため)

さいきんのプロレスはつまらなくなったと良く言われる。

新日本プロレスも客数低下に歯止めがかからず、

NOAHに至っては地方の不入りが深刻な状況。

昭和30年代、もともと日本でプロレスが根付いたのは、日本人スター選手が

アメリカ人選手をブッ倒すという、敗戦国の国民感情が微妙に作用していたからこそ

であると思われます。

日本人VS外人というのが初期プロレスの存在理由でありました。

全日本・新日本の2大メジャーは、それぞれのルートで魅力的かつ個性的な

外人レスラーをシリーズのたびに多数招聘していました。

スタン・ハンセンやアンドレ・ザ・ジャイアントのようなむちゃくちゃ強いのから、

ダニー・クロファットやピート・ロバーツのようなメーンの6人タックに添えてもそん色ないそこそこ強いのから「何でこんなの呼んじゃったんだ」といわれるようなとんだいっぱい食わせ物まで、そのおりなす人間ドラマがまたたまらないのです。

**********************

90年代の全日本マットでそんなB級常連外人のひとりとして活躍したのが、

ジョー・ディートンでした。

身長195cmと馬場さん好みの大型ですが、得意技が河津落としやブルドッキングヘッドロックくらいでパッとしないのだが、基本的なレスリング技術はしっかりしており、地方興行ではハンセンと組んでタッグマッチに出ていました。

活躍されていた前半の頃はなぜか鞭を持って入場し、時折小道具として反則攻撃をしかけるヒールとしての面も持っていましたが、ちょび髭ヅラのナイスガイということもあって、後半はすっかり「いいやつの外人」という役どころでした。

しかしハンセンやゴディといった超一流には到底太刀打ちできず、タッグマッチの終盤に捕まってあえなくやられてしまう役どころを引き受けていました。

仙台かなんかであったハンセン、ディートン対ゴディ、ウイリアムスのタッグマッチで、まずまっさきにディートンが二人がかりで叩きのめされて場外で悶絶し、そのまま伸びている間に孤立したハンセンが集中攻撃を食らってフォール負けされてもディートンは場外で転がっていたという試合もありました。

その後は悪役商会に助っ人として加入し、ピンクのタイツを履いて馬場さん木村さんの相手を務めたこともあります。しかし90年代後半にはもうフェードアウト。いまごろはどこで何をされているのか、もうプロレスからは足を洗っているのか、情報が入ってきませんが・・・・できればもう一度見てみたいものであります。

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