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2010年5月26日 (水)

訃報

国際プロレス・全日本プロレス・NOAH等で活躍された

ラッシャー木村選手が、ご逝去されました。(享年68)

合掌。

ラッシャー木村は北海道中川町出身。大相撲で幕下上位まで上がり、元々プロレスラーになるためのステップとして相撲をやっていたので「十両に上がるとやめられなくなる」ということで師匠の説得を振り切りプロレス転向。

国際プロレスではエースとして活躍したが経営難を打開するため「金網デスマッチ」に身を投じ、多くの外国人選手と死闘を繰り広げた。

国際プロレス崩壊後は新日本のリングに上がったりしていたが、全日本のリングで馬場さんのパートナーとなり、90年代以降は「ファミリー軍団」の一員として渕正信らの「悪役商会」と10年間にわたる抗争?を繰り広げる一方、試合後のマイクパフォーマンスが全日の名物となる。

1999年に馬場さんが死去し、2000年の全日分裂騒動時にはノアを選ぶ。永源・百田らと前座で楽しいプロレスを展開し、還暦試合を行うなど活躍したが、体調を崩し2003年3月の武道館大会を最後にリングを離れ、翌年引退を表明。(脳梗塞を起こしたらしい)リングから離れて余生を静かに送ること7年、腎不全に伴う誤嚥性肺炎でこの世を去る。

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