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2010年5月28日 (金)

ラッシャー木村さん追悼特集

私が木村さんの試合を生で見た最後は92年8月 武道館大会。

第3試合 渕正信、永源遥、大熊元司 対 ジャイアント馬場、ラッシャー木村、浅子覚

休憩前の試合は恒例のファミリー軍団対悪役商会の因縁対決。試合内容は保証書付き。今回はファミリー軍団の準構成員のマイティ井上や百田光雄が第1試合に登場したため、ファミリー軍団の3人目には若手の浅子覚が抜擢された。ベテラン沿いの中に若手が一人。そこを付狙って浅子に殴る蹴る、せこい反則を繰り出す悪役商会。

木村が救出に入るが逆に渕の顔面蹴りを食ってしまう。コーナーにはりつけにされた木村・浅子を救出する馬場のしぐさに笑いが起こる。このほかにも永源のツバ攻撃、大熊のハナバット(鼻をめがけての頭突き、効果大)など持ちネタが展開され会場は笑いに包まれる。

15分を過ぎたところで浅子が捕まってしまい、それまで大技を出さなかった渕がジュニア王者の本領を垣間見せ、強烈なパイルドライバーを浅子に見舞った。馬場や木村がカットに入るのを阻止するため立ちふさがる永源と大熊、これは何とかカウント2で浅子が返したものの、とどめのバックドロップで勝負あり。

試合後は木村のマイク。「渕!この間巡業で伊勢に行った時、伊勢神宮にお参りをしたよな、何のお祈りをしたかはわかっているぞ!(館内爆笑)でもな、そういうことは大事だから、これからも続けなさい(館内爆笑)」

(渕選手(当時38歳)は独身で、ラッシャー木村の「嫁もらえ」マイク攻撃にさらされていた)

試合には勝った渕だが、またしても木村のマイク攻撃の餌食になってしまった。

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ファミリー軍団と悪役商会の抗争は一線を退いた馬場さんの働き場所として、前半の第3試合あたりに組まれることが多かった。昔ながらの殴る蹴る、取っ組み合うプロレスが主体だが、永源選手のツバ攻撃、大熊選手のハナバットなど各人の持ちネタが展開されましたが、その中で確かな技術を持つ馬場さんと渕選手がいたので、そんな中でも試合が妙にピリッと引き締まっていました。

最後ぼファミ悪対決といえたのが98年12月の武道館、馬場木村百田対渕永源菊地。この試合は馬場さん最後のファイトでした。木村選手の見せ場はあまりありませんでしたが、最後は試合が動きだした頃に渕選手をコーナーに押しつけて釘付けにされていました。相撲出身者らしくこの辺の動作ひとつも絵になります。ほんでもって孤立した永源に馬場さんが16文キックをかまして、すかさず百田が丸め込んで終了。

試合終了直後の「痛てーなー」という渕さんの表情と、「まあまあ、試合終わったよ」という木村さんのしぐさがなんともいえなかったです。

最晩年はNOAHマットで活躍されていましたが、衰えは隠せず、2003年3月を最後にリングを離れ、脳梗塞を発症して引退に追い込まれる。(ビデオレターの表情の痛々しかったこと)

ラッシャー木村選手のテーマ曲は「リバース・オブ・ザ・ビート」というのどかな曲なのですが、全日本の頃はいつも馬場さんのテーマがかかっていたので、聴く機会は窮めて少なかったです。

最近は殴る蹴る、頭突きといった単純な動作で観客を沸かせられるレスラーがほんとうに少なくなりました。ご冥福をお祈り申し上げます。

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