君と見る夢(21)
「Die」
シェリルはボウルを手に取ると、中身を全て小川ひかるの顔面にぶちまけた。前衛的な光景だ。
「うわああああ」
倒れて、顔を押さえてもがき苦しむ小川ひかる。すかさず
シェリルが助走をつけてのレッグドロップ。これで3カウントが入った。
防衛に成功して、コーナーに上がって勝ち誇るシェリル。最後のレッグドロップのダメージが深い(ことになっている)小川ひかるは担架で運ばれた。その担架を持つ社長。
****************************
「アハハハハハハハ」
バックステージで笑いが止まらない社長。
「ま、こういうのもありか。」
「そ、そうですね・・・」
分かりやすい結末。悪の日本人レスラーが負けそうになってソルト攻撃を仕掛けるが、善玉さんがそれをかわして返り討ちにするというブック。
塩にまみれた顔を洗い、シャワーを済ませて私服に着替えた小川ひかる。控室で社長といっしょに後半の試合をモニター越しに観戦。
「これはこれで勉強になります。お客さんのリアクションとか」
豪州公演のメインイベントが終わったのが午後10時、プロモーターさんに挨拶してギャラをキャッシュで受け取り、タクシーでシドニー市街のホテルにたどりついたのは日付が変わる頃だった。ツインルームにチェックイン。
「カンパイ!」
ビールとハンバーガーで軽く夕食を済ませたあと、二人は取り留めの無い話をしていたが、
「じゃ・・・ひかるさん。明日も朝早いんだけど・・・」
「はい・・・『夢のつづき』・・・・を・・・」
唇を合せた。
長めのキスをした二人だが、お互い強行軍ですこし疲れていたし、すこし豪華なシティホテルだったので、先に風呂に入ることにした。
「一緒に・・・入りますか」
「もう・・・・社長は・・・」
先に社長が湯船に使っているところへ、服を脱ぎ終わった小川ひかるが浴室にはいってきた。軽くシャワーを浴びた後
「じゃ、じゃあ入ります」
大き目のタイル造りのバスタブなので、二人で入ってもさほど窮屈ではない。
「あんまり・・・見ないでください」
「・・・うん」
顔をやや赤らめた小川ひかるが社長に。社長はなるべくひかるの顔に視線をやりながら浴槽に漬かった。
軽く身体をそれぞれ洗った後、いよいよベッドへ。
「お待たせしました」
髪にドライヤーをかけていた小川ひかるが、裸身にバスタオルを巻いただけの姿で社長の横に座る。
「・・・・んっ・・・・・」
再び唇を合わせた。そのまま二人の身体はベッドに沈んだ。
「二度目でも、ドキドキします・・・・」
(中略)
午前6時、社長の携帯電話のアラームがけたたましく鳴る。
「・・・・あーあ、やれやれ、・・・・おはよう、ひかるさん。」
夢の時間は終わった。二人はスパッとベッドから出るやいそいそと身支度を整え、チェックアウトを済ませるやホテル前からタクシーに乗って空港へ向かった。
「・・・それじゃあ、私はこっちですから」
2泊3日の弾丸ツアーを終え、帰国の途につく。小川ひかるは9時過ぎの便で羽田へ、社長は8時半の便で関空へ向かう。念には念を入れて帰国の途の飛行機を分けたのである。
その日の夕刻、関空に降り立った社長はその足で大阪梅田にあるグッズショップを視察して、その夜は大阪市内で取引先と会食。シリーズ終了翌日はオフ、翌々日は関西出張、ということになっている巧妙なアリバイ作りである。
**********************************
取引先との会食のあと、社長は梅田バスターミナルを深夜に出る夜行バスで横浜へ戻った。さいたまを出発した土曜日、オーストラリアでの日曜日、大阪でアリバイ作りをした月曜日、
逢瀬するのが目的とはいえ、まるで推理小説のアリバイトリックみたいだなと思いながら、社長は火曜日の朝、横浜に戻ってきた。
新子安のマンションで仮眠したあと、昼過ぎに社長は本社に顔を出した。はんこを押さなければならない書類がたまっている。
本社ビル3階の経理では小川ひかるが事務の手伝いをしていた。
「よっ」
「あ、・・・お疲れ様です」
―まだ、二人だけの秘密というか、夢。
でも、近い将来、必ず・・・・
小川ひかるが現役を引退する日もそう遠くない。そこから二人の付き合いはまた変わりはじめるはずだ。小川ひかるはパソコンのエクセル画面に視線を戻した。
(君と見る夢 了 )
最近のコメント