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2010年11月 4日 (木)

君と見る夢(3)

―私、やっていけるのかな・・・・

小川ひかるは選手寮の天井を見ながらつぶやいた。

あっという間に4月下旬の旗揚げ戦を迎えた。道場から井上霧子の運転する営業車に乗って、午後3時ころ、会場の「赤レンガ倉庫」に着いた。

人手が足りないのでリングは選手スタッフ全員で組み立てた。

「時間が押してます!5時半の会場までにイス並べもお願いします」

社長も自らイスを並べる。見かねたAACの外人レスラー3人もイス並べを手伝う。

「スモールハウスネ。でもこの方が燃えるワ」

メインでミミ吉原と対戦するデスピナ・リブレがつぶやく。

「アナタがオガワ・・サンね。私はジュリア・カーチス。ヨロシク」

「よ、よろしくおねがいします・・・・」

開場前に顔合わせ。スパーリングで胸を借りてみたが全然相手にならない。組み合った次の瞬間に投げ飛ばされている。

5時半、開場、小川ひかるは控室で、緊張していた。

「ど、どうしよう・・・」

あと1時間で、私はリングの上に立って、観衆の前で闘わなければならない。1ヶ月前には想像もしていなかったシチュエイション。

「本日は旗揚げ興行へお越し頂き誠にありがとうございます。私たちはまだ小さな団体ですが、努力と良いファイトを積み重ねて大きくなっていきたいと思います。どうかこれからも応援よろしくお願いいたします」

選手3名と井上さんが整列するリング上、社長が挨拶。

意外に事前でプロレス雑誌への告知が功を奏したのか、はたまた新団体ということで物珍しさもあったのか、赤レンガコロシアムは超満員となりチケットは完売した。

****************************

旗揚げ挨拶のあと選手は控え室に戻り試合用のコスチュームに着替える。

第1試合に出場する小川ひかるが最初に衝立の陰でジャージを脱いでリングコスチュームに着替えた。初めての実戦。小川の胸の鼓動は高まった。露出の多い水着のようなコスチュームに着替えたあと、新しいリングシューズを履く。

「うまくやれるかしら・・・」

一般的にはプロレスラーは入門して数ヶ月は道場でみっちり教え込んでからデビューというのが当たり前である。しかしこの団体は資金繰りの都合で新人とってすぐに旗揚げ興行という無謀といえば無謀の流れである。

午後7時すこし前、場もたせの井上霧子トークショーが終わり・・・・

「大変長らくお待たせしました、これより第1試合を行います」と場内アナウンス。

ワアーという歓声が場内に響く。

「ど、どうしよう・・・」控室扉の前で小川は緊張に震えていた。

「ほらヒカル、頑張ってきなさい」控室奥でミミ吉原が声をかける。

「は、はい・・・・」小川の足は震えていた

緊張ぶりを察した吉原は小川のもとへ歩み寄り、いきなり

パーンッ!

小川の顔面を張った。「ほら、行って来い!」

小川はこれで覚悟が定まったか、控室のドアを開けて通路を走ってリングへ上がった。デビュー戦なのでテーマ曲はまだない。

試合そのものは5分そこそこで終わったし、小川ひかる自身も何をやったのかあまりよく覚えていない。要するに対戦相手にいいように殴られて蹴られて、何もできずに終わった。最後のジャンピングニーを食らったあとは意識が遠のいた。

・・・私、ここで・・・・・どうなって・・・

「ひかる、大丈夫、立てる?」

「・・・・はい」ふらふらと小川が立ち上がり、しんどそうに一礼したあとリングを降り、保科につかまりながら控室へ向かった。会場からはパラパラと拍手が送られた。

控室でうなだれる小川ひかる。

勝てないことは分かっていたけど・・・何もできなかった。

「ヒカル、デビューおめでと!これでヒカルもあたしらの仲間入りだ」吉原が祝福の声をかける。

「吉原さん、私、何も・・何もできな・・・かった」

吉原は震える小川の肩に手をやり、「デビュー戦はみんなこんな感じだと思う、何もできなくて悔しいのはわかるけど、練習して強くなりなさい、それしか言えない」と励ました。

***************************

旗揚げシリーズで関東各地を回ったが、まるで何もできなかった。小川ひかるは連日、殴られ、蹴られ、いいように投げられて、意識が遠のいたところを引きずり回され、そして負けた。

水着のようなリングコスチュームを着て衆人環視の中リングに上がるのも抵抗があったし、何もできずさらし者状態でリングに叩きつけられるのもイヤだった。

―辞めたい。やはり、私には・・・・

さすがに群馬や栃木といった北関東エリアではあまり観客は入らなかったが、手作りでどうにか旗揚げシリーズ全7戦を乗り切った。

「ほら小川さん、週刊ハッスルのこのページに出ている」

タイタン有明での最終戦の日、社長がプロレス雑誌を見せてくれた。

白黒ページだが、ミミ吉原の活躍を報じるページの隅っこに、小さく新人の小川と保科がワンカットずつ取り上げられていた。試合直前で、やや不安げな表情のショット。

小川は完全に自信をなくしていたのがありありだった。

・・・これはまずいな・・・彼女のモチベーションが・・・

そう感じた社長は最終戦は保科優希とのシングルマッチを組んで、スパーリングに近い感じでやらせてみたが、試合がやや長引き10分で息切れしたところを押さえ込まれて負けた。

*********************

「お疲れ様でした。」

シリーズ終了後、「よこ川」で打ち上げ。

「小川さんのファイト、初めてにしては良かったよ」

社長が声をかける。

「えっ・・・・」

 「あれはファンつくよ。やられ方がひどいもん」

「どういう・・・ことですか」

「やられっぷりも・・・・芸のうちなのよ」

井上霧子が説明する。

「あれでちょっとでも反撃できるとお客さんが沸くのよ。そしてソーゼツにやられて負けたら、お客さんは手を叩いてくれて、印象に残って・・・・またあなたの試合を見たいって、思うようになるわ」

 「まあ・・この業界、なんだかんだいって選手個人の人気商売だからね」

―やられるのも、芸のうち・・・・

小川ひかるの売り出し方はこのように固まってしまった。強い相手にに相手にひたすらやられ続ける存在として。

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