第1390.3回 小料理屋の出会い
時に西暦2073年、1月下旬
SPZ元王者は戸塚駅ちかくの裏通りを歩いていた。
ハルカが足しげく通っている「小料理 すずなみ」。
SPZ60期、ハルカ(本名:大月遥)は料理ができないので、マネーパワーに物を言わせ外食率100パーセントという状況だった。
メガネをかけ、髪型を変えているのでぱっと見ではわからないが、ハルカはSPZの看板レスラーの一人で、きょうも新日本ドーム大会で神塩ナナシーと30分ドローを演じてきた。
「いらっしゃい!今日は」
店番のおばさんが挨拶する
「ビールと・・・・ハムエッグ定食、ください」
ハルカ、20歳になりやはりプロレスの痛みをまぎらわすためか、酒に逃げてしまった。
「ほい」
おばさんがビールの大瓶とグラスを差し出す。
ハルカ、手酌でビールをグラスに注ぐ。
んぐんぐんぐ・・・・
おいしそうにビールを飲むハルカ。
「いらっしゃい・・・・」
車いすで厨房に入ってきたこの店の総店長、鈴波かすり。
ガス台の前で立ち上がるや、ふらつく手つきでハムエッグを作り出す。
店長が添え物のキャベツを刻む。
「焼けたー、ツムギ、皿だして」
「はいー」
「そのお年で・・・まだ働かれるんですか」
ハルカが問う。
「んー、私は生涯現役。1日10食作れなくなってもねぇ、動けるうちは働かないと。倒れるときは前のめりよー」
ハムエッグの皿を受け取るハルカ。見栄えはともかく、半熟の焼け具合が秀逸だ。
「いやー、引退してって言ってるんだけどね、いうこと聞かないし、お医者さんも「それで気が張っているからいいんでしょう」とかいってるんでねー」
店長が苦笑いする。かつては鈴波かすり、自分の店を戸塚に持っていたのだが、運営面を含めて店を切り盛りするのがしんどくなって、15年前くらいに店を閉めてからは娘夫婦が経営する居酒屋に身を寄せ、総店長の肩書を与えられて助っ人料理人として働いている。
「それじゃあ、ごゆっくりー」
鈴波総店長が車椅子に乗って奥へ引っ込む。
ハルカはハムエッグを食べながらビールを流し込んだ。そのあと大盛りごはんを味噌汁で流し込み、「すずなみ」を後にした。
(みんな戦ってるんだ。、この街で・・・・)
あと2,3年頑張れば、先輩たちの後を追うようにこの仕事から円満に足を洗える。そのあと別の道を選べれば、生きていくのもそう苦しくないかもしれない。
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