第1,442回 希望の道へ
時に西暦2075年、夏。
SPZ戸塚本社の3番会議室
「この間の話だが」
SPZ総務部長の桑原さんが話す。
「もう少し頑張ってみないかね」
「・・・・イヤです。第3クオーターの出場給契約書にはサインしたくありません」
用意された契約書には「1試合の出場給、13万200円+身体ケア手当2万9800円」と印刷されていた。要するにギャラ上げるから引退を思いとどまってもらおうという揺さぶりの手だ。
「おカネの問題ではありません。レスリングのほかに、やりたいことができた、それだけです」
ハルカの手許にはグッチの時計が光る。
「申し訳ないけど、他の団体や海外の団体からいい条件で誘われてるとか、そういう話じゃないんだよね」
「誓って、そういう話ではありません」
(なぜだ)
総務部長は沈思。アポカリプス病院から取り寄せたメディカルチェックの資料では神塩、相羽の2名が「D判定」と記されていたが、ハルカのそれは「所見を認むるも概して異常なし、B判定」だった。
(カネがたまって・・・・・満足してやる気をなくしちゃったのか)
こういうケースで引退した選手は何人かいる。無駄遣いしなければ7-8年の現役生活で家一軒建てるのはわけない。
「わかった。8月のSクラまでは頑張ってくれ。ただあなたほどの選手となると「ただ辞めます」ではファンの方が納得しないだろうから、退く舞台的なものは営業とも相談しないといけない。7月シリーズ後に、そのへんについての話し合いの場を持とう」
「はい」
「くれぐれもこのことは表に出さないで」
「はい、失礼します」
その後ハルカ、戸塚の道場に顔を出して、新人の小川あかりの練習を見たのち、自らはストレッチとサンドバッグ練習だけをこなして
「じゃ、お先に失礼します」
夕方ころ引き揚げた。
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「く・・・・はあ、はあーっ・・・・」
その夜、西戸塚にある加藤貴明のマンション。
加藤貴明(株式会社コンテック 流通機器2課 課長、31歳)とハルカは睦みあっていた。
もう何度目かわからない逢瀬。
「やばい・・・な・・・・」
事が終わって、ハルカがぼそりと。
「だんだん深くなっていきそう・・・・・」
「えっ?」
枕元の缶ビールに手を伸ばす加藤氏。
「感じ方が・・・・・・・・」
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