第1,443回 67年目7月 帰りを待ってる
「やばい・・・な・・・・」
事が終わって、ハルカがぼそりと。
「だんだん深くなっていきそう・・・・・」
「えっ?」
枕元の缶ビールに手を伸ばす加藤氏。
「感じ方が・・・・・・・・」
そのあと布団の中で2人抱き合って過ごす。
「ハルカさん・・・・・あさってから巡業だろ?」
「うん」
「戻ってきたら・・・・結婚でもするか?」
「えっ」
「なあに、ただ区役所行ってカミ出してくるだけの話だ。あとついでにベイサイド行って飯くってこう、披露宴代わりだといってはなんだけど。指輪は引退式が終わったら買いに行こう。冬のボーナス入るし、いいよね」
「はい!」
ハルカ、貴明をきつく抱きしめた。
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7月シリーズ「サマースターナイツシリーズ」初戦前日、
戸塚のマンションの一室、
ハルカ(本名・大月遥)は2つのスーツケースに荷物を詰めていた。
ハルカは着替えや下着、身の回りの品をスーツケースに詰めていた。1週間の巡業なのでそれなりにかさばる。
んで、もう一つのスーツケース、こっちに入れるのは戦いの道具。リングシューズ、コスチューム、ガウンとかその他もろもろ。
―こっちはもうじき、必要なくなる。
荷造りを終えたハルカ、
―急がなくちゃ
もうバスは戸塚道場に横付けになっているころだろう。
ハルカ、パーカーの上を羽織り、グッチの時計をはめた。
パチン。
―さ、行こう。
青森まで8時間の長距離移動。そして次の日は青森で試合。盛岡、秋田、山形、宇都宮と5会場回っていったん横浜へ戻ってくるスケジュールだ。そして1日のオフをおいて第6戦の郡山、そのあと7戦の幕張、最終戦の新日本ドームは通いだ。
バスは東北自動車道を一路北上。途中サービスエリアで何か所か休憩を入れる。
「支援者さんからの差し入れです」
後ろの席に座っていた小川あかりが栄養ドリンクを手渡す。酷暑の中の巡業なので体調管理には気を配らないといけない。
「小川さん」
「はい・・・」
ハルカ、小声でつぶやく
「次の8月シリーズが終わったら、私、引退するんだ・・・まだ誰にも言わないでね」
「えっ・・・」
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67年目7月
アプリコットつばさが首を負傷、そしてSPZ王者のセイウン草薙も右肘を痛め重傷。両方とも無念の欠場となった。
そして7月シリーズ「サマースターナイツシリーズ」開幕。
VIPレース優勝の目が出てきたフォルトゥナ紫月、いきなり4連勝し、第5戦の宇都宮でハルカに勝てば優勝というところまで来た。
一方のハルカはこのシリーズ星が上がらない。
「もう少しで私、引退して結婚するんだ」
ちょっとプロレスへの姿勢が揺らぎ始めているハルカだった。
―もう少しで5000万貯まる。そしたらこんな痛い仕事から離れて、埼玉で第二の人生を送るんだ・・・
第3戦秋田、第4戦山形とハルカは強敵、フォルトゥナ紫月の変形スリーパーの前に2連敗を喫したが、ハルカ、意に介した様子もなく記者さんたちに「まあ、流れが来てない、それだけです」とコメントを出した。
そして、7月23日、シリーズ第5戦宇都宮大会。
SPZご一行は山形市内のビジネスホテルから高速道で宇都宮へ向かった。きょうは試合が終わったらバスで横浜に帰れる「ハネ立ち」の日だ。
彼からメールが来ていた。
ーきょうハネ立ちでしょ?11時ころかな?帰り待ってるよー
第1試合は小川あかりVSNOTORI。1期先輩のNOTORIが終始試合をリードし、最後は小気味よいアームホイップで投げて3カウント奪取。勝負タイム8分36秒。
第2試合はフェアリー三井寺VSリディア・リチャーズ。フェアリー三井寺がそのパワーを生かし、コブラツイストで絞り上げてあっさりとギブアップを奪った。勝負タイム4分16秒。
第3試合は神田幸子VS玄海恵理。玄海が体格を生かして攻める、重爆ドロップキックも豪快に決める。そしてバックドロップ。そのパワーに押されながらも気合を入れて打撃を返す神田、しかし玄海、ひるまずスクラップバスター、ボディスラムの猛攻。それでも神田、後輩に負けるわけにはいかないとDDT、ビッグブーツの反撃。どちらに転んでもおかしくない試合だったが
「どおりゃあああ」
玄海、新技のラストライドで高く担いでから落とした。これが初公開。神田、これは受けきれず。15分20秒、3カウントを喫した。
第4試合は相羽和希VS中森あずみ。負傷欠場明けのシリーズだった相羽だが、中森のねちっこいグラウンド攻めを耐えしのぎ最後は裏投げで23分9秒、中森を振り切った。
「そろそろ…準備しますか」
このあたりでハルカ、リングコスチュームに着替える。今日はメインイベントでフォルトゥナ紫月と対戦。
セミ前は神塩ナナシーが登場。リザーバーのセモポヌメとの対戦。神塩、どこか精彩を欠く動きでバックドロップを食らって頭を押さえるなど本調子でない。セモポヌメが調子づいてサイドスープレックスを連発。しかし神塩もバックドロップで反撃し、アラビアンプレスで舞って3カウント。勝負タイム17分39秒。
セミは北条咲VSペガサス藤原のカード。4位争いの直接対決となったので両者真剣そのもの。押していたのは北条だが、P藤原も得意のジャーマンで挽回。しかし北条、フロントハイキックを思い切り入れてP藤原を怯ませると、
「行くぞ」
ラリアット炸裂。これで3カウントが入った。勝負タイム15分36秒。
そして宇都宮大会のメイン、ハルカVSフォルトゥナ紫月。
(巡業最後の試合、うまくやって、帰る。あの人のもとへ)
ハルカ、決然とした表情でリングへ向かった。
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