時に西暦2075年。
横浜のお嬢様プロレス団体「SPZ」は、6月シリーズ「バトルアトランティス」の地方巡業に出ていた。
日本海側の都市を中心に回るシリーズ。選手は移動サロンバスに揺られてまったりと。
(きょうはセイウンさんとか・・・・)
SPZ60期のハルカ、バスの揺籃に身をゆだねていた。
―あの人と対戦するのも、あと数回。
シリーズ前、会社フロントと話し合いを持ち、「近いうち」の引退を申し入れたハルカ。
「他にやりたいことができました。スポーツ生理学の勉強をして、インストラクターになりたいと思います」
もちろんこれはハルカの方便である。
突然の申し入れにうろたえる総務部長。話し合いは平行線をたどったが、すでに第2四半期(7月から9月まで)のギャラは基本給10万プラス出場給1試合13万200円で更改していた事情もあり、7月シリーズ終了後に改めて話し合いの場を持つ。辞める話云々は総務部長とハルカ限りで伏せておく・・・・ことでとりあえず合意した。まあ日本企業によくある懸案の先送り。
―あともうちょっとだけ頑張れば、この世界から卒業できる。
7年間この会社でそれこそ死ぬ思いをしてやってきた。体一つで入ったこの会社、気が付けばこれからの自分を守るものも、進む道も見えてきた。
14時ころ、会場入り。
地下駐車場から関係者通路を通って控室へ。
「・・・・っ」
まずジャージに着替えてじっくりとストレッチ。
「う・・・く」
「小川さん、身体かたいね」
彼女に預けられた新人、小川あかりとみっちりストレッチをこなす。
「それじゃあ、リングで受け身とスパーやりましょう」
―ハルカさん、最近明るくなった。
小川あかりはハルカの性格がだんだん変わっていったのに気づいていた。預けられたときはかなりの無口で、受け身の取り方も見本見せてくれたけど「あとはマネして」とだけ言われて、碌にアドバイスしてもらえなかったけど、今は違う。
「音がおかしい。顎をもう少し引いて、背中で受け身を取る感じで」
ハルカにボディスラムで投げられ、受け身を取る練習を繰り返す小川あかり。
「さっきよりはいいと思うけど、まだ衝撃を逃がしてないと思う。上の人の試合を見て、その受け身に近づけるようにね」
「はい」
(ハルカも、変わったな・・・・男ができて丸くなったってのは本当だったか)
レフェリー兼コーチの村上千秋がリング下で感慨。
そのあとグランドレスリングのスパーを繰り返した後、小川のスパー相手を玄海に任せ、ハルカはリング下で自分の調整。
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そして5時半の開場、いったんハルカら選手たちは控室に下がる。
午後6時半、第1試合開始。
小川あかりが第1試合に登場、10分ほどであえなく敗北して帰ってきた。
通路奥から見ていたハルカ、軽くアドバイス。
「最初の動きは悪くなかった。5分過ぎにエルボー入れられてから動きが止まってた。あのへんは上手くガードしないと。」
「・・・はい、ありがとうございます」
その後ハルカ、前半の試合をモニター越しに感染しながら軽く体を動かす。今日の出番はメインイベント。
前半の試合が終わり休憩時間の間に、試合用のリングコスチュームに着替える。
セミとセミ前の試合、出番を待つハルカ。
その時ハルカの携帯が鳴った。
「今日、草薙さんでしょ。無理しないで、うまくやって!」
最愛の人からメールが届いていた。
うまくやる。
あともう少しだけ、要領よく立ち回ればいい。それだけ。いままで7年もこんなつらいことをやってきた。だからあと数か月だけならうまくやれるはず。そう思おう。
ハルカ、試合前のアップを終え、入場用のガウンを羽織り、セミの試合が10分経過した時点で控室を出て、青コーナー側通路奥へ向かった。
「ハルカさん、叫ばなくなったね」
「何かあったのかな」
若手選手が訝しがる。いつもなら出番前に情緒不安定になって叫ぶシーンがよくあった。
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そしてメインイベントの試合、ハルカはいつものようにSPZ世界王者セイウン草薙と激しい試合を繰り広げた。
「はああっ」
ハルカ、空気投げで何度も投げつけられたが起き上がり、ニーリフトを叩き込む。
「ギギギ」
ちょっと怯むセイウン草薙、そこへ
「アルティマシュート」
飛び上がって、S草薙の後頭部めがけてハイキック。セイウン草薙、懸命に体を反らせて衝撃を逃がそうとしたが、ハルカ、空中で体勢を整え蹴り足をセイウン草薙の後頭部に
「イヤーッ」
ヒットさせた。
「グワーッ!!」
前のめりにダウンするセイウン草薙、ひっくり返して片エビでカバーするハルカ。
「ワン、トゥ、スリ」
セブン山本レフェリーがマットを3つ叩く。ハルカ、ノンタイトルの試合ながらSPZ王者セイウン草薙を撃破した。
「17分47秒、アルティマシュートからの片エビ固めでハルカの勝ち」
ドワアアアアア
一礼した後、メインイベント勝利者賞の「カニ缶詰セット」をもらってハルカ、安堵の表情で引き揚げた。
シャワーを浴びて汗を流した後、私服に着替えて
パチン
グッチのバングルタイプ腕時計をつける。彼氏から貰ったものだ。
(きょうも、無事に1試合終わりました。今シリーズ、あと5つ)
ハルカ、京スポ新聞の記者さんに応対し「たまたま蹴りが当たっただけです」とコメントを出してから、
「じゃあ小川さん、行きましょう」
「はい」
2人で待たせてあったタクシーに乗り、宿舎へ向かった。
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