第1,450回 さあ、大変なことになってきました
時に西暦2075年、9月中旬の木曜日
杉浦美月(36)(SPZ46期・現SPZ広報部テレビ解説担当課長)は大日本テレビとの打ち合わせを終えて、SPZ本社広報部の自席でコーヒーを飲みながら解説資料に手を入れていた。
杉浦美月の解説は技術的なことを落ち着いて話し、かつ選手への評価が辛口なので、ファンの評判が上々であった。
(あ、きょうは18時から社長たちと野球観戦なんだ)
杉浦美月、パソコンの電源を落とすや上着を羽織って、地下鉄に乗りみなとみらい地区へ向かった。
横浜みなとみらい地区に数年前にできた横浜ベイドーム球場のロイヤルボックス。ながいあいだ関内の横浜スタジアムが本拠地だったが、ついに数年前に横浜ベイドームが完成し、ベイスターズの本拠地もそちらへ移転したのである。
「どうも」
「おうこっちだ」
そこにはSPZの黒田社長、そしてなぜか元フローラ小川がいた。
「横浜ベイスターズが77年ぶりに優勝するかもしれないので、呼ばれました」
いまはホテルの料理人をしているフローラ小川(本名:西花子)、父親が熱狂的ベイスターズファンだったのでその影響を受けている。
「まあ弁当でも食いながら野球観戦しよう」
フカヒレスープつきのウルトラシウマイ弁当(3000円)を食べながら4人はまったりと野球観戦。
2075年の横浜ベイスターズは新しく就任した監督が「いい先発投手がいなければ1イニングずつ投げさせればいいじゃない」という戦法を考え出し、そこそこの中継ぎ抑え投手をかき集めて1イニングずつ投げさせる戦法が功を奏し、失点を防いで少ない得点で勝ち、9月中旬の時点で2位の大日本メディア・ギガンテスに5ゲーム差をつけて首位を走っていた。この日はそのギガンテスを迎え撃っての首位攻防3連戦の最後、
ライトスタンドの興奮もピーク。
8回裏、3対3で迎えた横浜の攻撃、ツーアウト一塁二塁のチャンスで打順は9番、ピッチャーのところだが、ここで横浜ベンチが動いた。
「バッター、三崎に代わりまして、スコーラン、背番号4」
ドワアアアア!!!!
今年の横浜ベイスターズは9番のところで必ず代打を出す。投手が1イニングずつ投げるので「代打の切り札を4人」有し、得点力アップを図っていた。そしてこのチャンスで代打に出たのは42歳だが元メジャーリーガー600発男で打撃だけなら定評のあるスコーラン。
「で、こんなときにいうのもなんだが」
2本目の缶ビールを飲み終えた黒田社長が杉浦に近寄り声をかける
「はい」
「あなた、SPZの社長をやりなさい」
「えっ」
杉浦美月絶句
ロイヤルボックスでのひそひそ話をよそにライトスタンドはハイテンションマックス!!
♪駆け抜けるダイヤモンド 両手を高く上げ ドームにとどろく歓声が 君の胸を焦がす
「ここはあなたが最適任だと私が判断した」
「しかし・・・・私はそんな器では」
ピッチャー第3球を投げた
カキーン
スコーランの放った打球はベイファンの埋まるベイドーム・ライトスタンドへ一直線。スコーラン22号ホームラン。ライトスタンドは大興奮、レフトスタンドは悲鳴がとどろく!
6対3。ベイスターズが勝ち越しに成功。
マウンド上でうなだれるギガンテスの中継ぎエース。
「理由を聞かせてください」
「まず、今回こんなことがあったので、社長交代はしなけりゃならん。で、後任はまず選手の安全を考えてますということで受け身を取ったことのある人というのがマスト。そして現役選手たちとコミュニケーションのとれる人間というのもマスト。で、付加的条件として会社の数字がある程度分かる人。そう考えると最初に浮かんだのは杉浦さん、あなただ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「杉浦さん、いま叩かれているSPZをまとめられるのは、あなたしかいないと思いますよ」
杉浦のデビュー戦の相手を務めたことのあるフローラ小川も諭す
万歳するライトスタンド。
「カモーン、ベイスターズヴィクトリー、ハッスルヴァービー、ゴゴーゴー」
77年前優勝時の当時4番のテーマ曲で盛り上がるライトスタンド
杉浦美月、頭を抱えていたが、
「少し考えさせてください」
レフトスタンド下のブルペンから「高鳥屋」と書かれたリリーフカーが出てきた。これ以上点差を離されるわけにはいかないと考えたギガンテスは、ピッチャーを交代し抑えの切り札をマウンドに送り込まざるをえなくなった。アナウンサーが叫ぶ。
「さあ、大変なことになってきました!」
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