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2013年9月13日 (金)

把瑠都伝説

(悲しいお知らせが入りましたので通常内容と差し替えます)

9/11(水)、大相撲の元大関把瑠都が引退を表明されました。

まだ28歳の若さでしたが、古傷の左ひざが靭帯とか半月板とかズタズタの様子でして、「土俵に上がれない」ということで引退を決断されました。

198cm、184kgの巨体と、規格外のパワーを活かした相撲はこの人にしかできない攻めで、「エストニアの怪人」の異名を持っていました。

魁皇との「新旧怪力対決」は迫力十分でしたし(あの魁皇も真正面からやったら不利でして、魁皇も晩年は腕をたぐって攻めるような取り口を見せていました)

栃煌山を吊りあげた一番は多くのファンの心に残っております。そのパワーは「バルトコンベアー」とも呼ばれ、横綱白鵬をも大いに苦しめました。

そのパワーにまかせた取り口でしたので、突っ張るときもあればまわしを取りに行くときもあるといった特定の型を持たず、試合運びが雑な部分があり、優勝は1回。横綱には手が届きませんでした。あれでもう少し頭を使って負けない相撲、怪我しないような相撲、パワーをセーブして勝つ相撲を覚えたら恐ろしい存在になっていたと思うのですが・・・・

性格も闘争心を前面に出すタイプではなく、根は優しい性格と思われます。技量審査場所の時懸賞金が出ないので「遊びの場所みたい」などと口走り厳重注意を食らったのは有名な話。大関在位時は互助会らしい演武も終盤見せていました。千代大海の空気投げを食らったシーンでは多くのファンを驚愕させました。

昨年9月に大関から陥落し、関脇で数場所取ったものの、5月場所での稀勢の里戦で古傷の左ひざを痛めてしまい、5月場所の残りと7月場所を全休し十両3枚目まで番付を落とす。9月場所も全休すると無給の幕下へ転落してしまう状況で、1年くらい休んでケガを治して再起を図るという選択もあったのではと思われますが、大関を張った男が無給で過ごすという状況は耐え難かったのか。残念でなりません。

通算成績431勝213敗、息の長い活躍ではなかったため勝ち星を伸ばすことはなりませんでしたが、その規格外のパワーを活かした破天荒な取り口は多くの相撲ファンの記憶にずっと残り、伝説として語り継がれるでしょう。

今後は相撲協会には残らず、第二の人生は今のところ白紙。「エストニアの観光大使になりたい」「北海道旅行したい」などと天然の入ったコメントを残す。膝はしばらく様子を見て治らないようなら手術に踏み切るらしい。ひょっとしたら知名度を生かしプロレス入り・・・・・・あるのではないか。

把瑠都のしこ名は故郷エストニアのバルト海から取られた。もうあの勝ち名乗りを受けた時の行司さんの「バルトォォォォ」の叫びを聞くことができないのかと思うとさびしい。

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