2014エイプリルフール書き下ろし(上)
2014エイプリルフール企画
「ザ・無慈悲」
時に西暦2016年、横浜のお嬢様プロレス団体は創立7周年記念のビッグマッチを横浜スペシャルホールで開催することになった。かつての弱小団体がようやく大きな会場で興行が打てるところまで来て、選手社員たちのやる気も高まっていったが、ひとつ問題が発生した。
「社長、大変です」
「どした、井上さん」
「5期生の渡辺智美選手が先シリーズの負傷を悪化させ、右肩負傷で試合ができる状態ではありません」
「まだ若い選手だからな・・・無理はさせられん。欠場もやむなしか」
「でも本人はリングに立たせろって言い張ってます。無理もありません、初めての大規模アリーナ興行ですから」
「うーむ、弱ったのう、彼女のモチベーションが下がるのは避けたい」
そのあと本人を交えての面談が行われ、すったもんだがあったのだが、本筋とは関係ないから省略する。紆余曲折の末、横浜スペシャルホール大会第2試合で渡辺智美VSマスクド・ム・ジヒというカードが発表された。
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興行当日、第2試合、まず赤コーナー側から渡辺智美がいつも通りふりふりのリングコスチュームを着て、ディスコ音楽に乗ってリングイン。
渡辺智美、未知の選手、マスクド・ム・ジヒを前にさすがに神妙な表情。事前情報はほとんどなく、某国で特殊格闘訓練を積んでいたらしいという経歴のみ明らかにされていた。
ここで突然、オーロラビジョンにハンドスピーカーを持ったおばさんが大写しになった。その隣にはフードつきガウンをかぶったガタイのいいレスラーらしき影が。
「なにが横浜のお嬢様プロレス団体だ。我々から言わせればそんなものは、はったりだらけの児戯にも等しい演武ぞ」
どえええええ
「今日いまから登場するこのマスクド・ム・ジヒは、幼少のころから某国の特殊部隊で格闘訓練を積んだ真の強者であり、アイドルレスラー風情なぞ1分とかからずに瞬殺する能力を持っているゥッ」
プライドを傷つけられたのか、渡辺はちょっとムッとした表情でオーロラビジョンを見る。
「なにしろ毎日、石を入れた壺に手刀で突く訓練をやっていたから、その気になれば一撃で始末することもわけない。無名の三流レスラーを無慈悲な一撃で始末してくれるゥゥゥ」
場内どよめき。スピーカーおばさんのセリフは妙に芝居かかっている。
「でもそれではわれらの実力を満天下に披歴できないから、特殊部隊の殺人技を無慈悲に連発し、そこにいる渡辺なんちゃらとかいう三下に塗炭の苦しみを味わわせてやろう。リングは間違いなく血の海になるゥゥ」
「・・・・・・・」
渡辺智美、ちょっと威圧されたがそれでもオーロラビジョンを見据えた。
ここでフードつきガウンの女が軽くスクワットを始めた。
「いま我らが戦士マスクド・ム・ジヒがアップを始めた。これから始まる血みどろの宴で無慈悲なバイオレンスを発揮するためになァ」
「・・・・・・・」
「我らが戦士・マスクド・ム・ジヒが最終調整にかかっているところだ。そこにいる渡辺なんちゃらを血の海に沈めるために出力を最大に高める準備が完了しつつあるゥッ」
「・・・・・・は、早く姿を表しなさいよッ」
「我らが戦士、マスクド・ム・ジヒが今まさに最終調整を終えて戦闘準備が整った。その悪魔的な筋力で三下レスラーを無慈悲に蹂躙することだろうゥッ」
どうやら入場前にスピーカーおばさんががなりまくって対戦相手に心理的圧迫感を与える戦法のようだ。
「ドゥハハハハ、『組織』は今ここに、渡辺なんちゃらの抹殺指令を下した。無慈悲な攻勢で三下レスラーはマットに這いつくばる光景が目に浮かぶッ」
「・・・・・くっ」
スピーカーおばさんの精神攻撃はとどまるところを知らない。
「今まさに我らが戦士・ム・ジヒはリングシューズの紐を締めなおしたところだ。その比類なき豪脚を用いた無慈悲な蹴りで渡辺なんちゃらを悶絶の苦しみに追い込むことだろう」
「・・・・くっ」
そしてフードつきガウンをまとった女に黒服スタッフが水の入ったペットボトルを与える。それを静かに飲み干すフードつきガウンの女。
「まもなく我らが最強の戦士、ム・ジヒが戦闘準備を完了させ、花道に姿を表すことだろう。その闘気だけで世界に類を見ない圧力がかかることだろウゥゥ、さあ愚かな対戦相手よ、地獄へ落ちる覚悟はできたかな」
「くっ」
「今まさに我らが戦士、ム・ジヒの最終戦闘準備が完了したところだ。その圧倒的な膂力で愚かな三流レスラーを無慈悲に粉砕することだろう。むろんただ絶命して終わるものではない。最悪の痛みと圧倒的な力を前にした絶望感に襲われ、最大級の恐怖におののきながら、己の無力そして圧倒的な戦闘力の差を痛感しながら息絶えることだろう」
「・・・・くっ」
スピーカーおばさんの弁舌はなお続く
「今まさに至高の入場曲が収録された録音盤の再生準備に入った。まもなくその姿を表すことになるだろう」
渡辺智美、かなり威圧されていたのか、冷汗が頬を伝った。
(続きはあさっての木曜日にでも)
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