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2016年9月 1日 (木)

SPZスター選手列伝125 我那覇愛

SPZスター選手列伝125
従業員コード:140
南国の太陽 我那覇愛
本名、同じ。2076年10月10日、沖縄県名護市出身。中学のころから琉球空手で体を鍛え、SPZ84期として、2092年5月11日、山梨カイメッセ大会での対 上沼垂鉄子戦でデビュー。身体能力はなかなかのものであり、入社2年目でSPZクライマックス出場を果たす。その後も順調に出世街道を駆け上がり、遠藤亜美を下してSPZ王者に輝く。最近も9年連続SPZクライマックス出場というタイ記録をマークするなど好調。得意技は火炎レッグラリアート。

2102年4月21日、新日本ドーム大会での対 中神朝香戦で引退。稼働月数120ケ月、出場試合数(概算)882試合
タイトル歴
第249代SPZ世界王者
第174代・178代SPZ世界タッグ王者(パートナーは藤田一美)
第183代SPZ世界タッグ王者(パートナーはスーパーカムイ)
第133代あばしりタッグ王者(パートナーは川端明子)
(セブン山本コメント)

幼いころから琉球空手と柔道をやっていて、格闘センスはかなりのものがあったいい選手。一度はSPZ世界王者にも輝いた。真面目で練習熱心な性格でほかの選手・関係者からの信頼も厚く、10年の長きにわたってSPZでファイトされた。ただどうしても突き抜けた能力がないため、市ヶ谷レイカや遠藤姉妹、TMクローンズの影に隠れてしまい、トップ選手の凄味という部分においては難があった。引退後は故郷の沖縄に帰り、プロレスで稼いだ資金を元手に貸しビル業をスタートさせ、夢の賃料生活をもくろんでいるようだ。

筆者より:ブレード上原の2回転目です。性格はアイドルマスターの我那覇響ちゃんを多少入れました。

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