208日目 3月25日
「セメント・スターリー・エスプレッシーボ、ただいま帰りました」
勇者セメントがアリアハンのマレス国王に帰朝報告。
「大儀であった。ひとりであの強大な魔王を倒すとは、驚嘆の他なし。そなたのこれまでの功績に敬意を表し、労働英雄章を授ける」
「大変光栄に存じます」
「うううっ」
侍立する養成所の教官たちが皆、声を殺して涙ぐんでいた。この二十数年、数百人の教え子の若者たちが魔王討伐のためアリアハンを旅立ち、そのほとんどが惨殺されたのだからその心情はいかばかりか。彼らの辛苦もようやく報われたのだ。
勇者の帰還式の後、アリアハン城の大広間でマレス国王主催の祝勝会。
「王家の財政も苦しく、ご覧の通りの粗餐だが、皆の衆、楽しんでくれ」
赤白の葡萄酒の他には炒めた肉、炒めた芋、炒めた野菜が並んだ。
養成所の校長が乾杯の音頭。
「労働英雄・セメント・スターリー・エスプレッシーボ君の偉業を讃える。乾杯!」
祝勝会には国王、大臣、宮廷関係者のほか、養成所の教官連中、そして同期の卒業生で衛兵となった者も列席し、五十人くらいくらいの盛大なものとなった。
セメントはこういう関は苦手だったが、主賓でもあるので酒にはほとんど手を付けず列席者に礼を述べた。長年、魔王軍対策に心血を注いできた養成所教官たちは「やっと我々は勝ったのだ」と絶叫痛飲し酔っぱらいだす。
「どうしたセメントよ、浮かぬ顔だが、傷でも痛むのか」
マレス国王が問いかける
「・・・いえ、まだ残敵の掃討が…あると思いますので」
「ま、そうだがな、今日くらいいいではないか。大いに喜ぼう」
宴もたけなわとなった時。
ズガーン
大広間一面に大音響がとどろく。セメントは反射的に床に伏せていたが、数秒の間に大広間に無数の雷撃が走った。
(宴の最中に・・・・不意の推参、ご容赦願いたい)
「なにやつ」
(我は・・・ゾーマ。闇を統べる物なり)
「どうして、こんなことを」
(くくくく・・・喜びの絶頂に浸りきっている人間どもを殺戮するのもまた格別・・・まあ、我が一の部下である司令官が殺された報復じゃ)
「報復?」
(総じてバラモスは我が指示に忠実な僕じゃった。アリアハンの養成所が生み出したセメント、貴様さえいなければ多くの愚民どもの苦しむ姿をもっと見れたものを・・・じゃから養成所の人間どもはすべて消させてもらった・・・)
(セメントよ、ギアガの大穴から下の世界に来い。真の苦難と絶望をたっぷりと味わわせてやる)
気が付くとゾーマの幻影は消えていた。しかし大広間は見るも無残な状態になっており、テーブルは破壊され料理は散乱しという状況で、しかも国王と大臣とセメント以外の参列者四十余名はあとかたもなく殺されていた。
「う、ううん・・」
ショックのあまり倒れてしまう国王マレス。
「へ、陛下」
大臣が駆け寄る
「ゾーマのことは内密にな・・・民が動揺する」
国王は病床でつぶやく。
セメントは決然とした表情で王宮を辞去した。
(まだ、私の戦いは終わらない!)
セメントは生家に預けてあった旅の荷物を取った。
「母さん…ごめん。私、まだやらなきゃならないことがあるから・・・また、しばらく出かける」
「うん…気を付けて」
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