(64)長き幕間
「やれやれ、これで約束は果たしたわ。シブリンさん、あたしは皇帝を降りる」
ボクオーンを討伐したラビット帝は、我が事終れりとばかりに皇帝の座を投げだした。あわてて前皇帝のシブリンが慰留したが、ラビットの決意は固かった。400回近く魔物と生死を賭して闘い、ラビット帝も疲れたらしい。困惑した前皇帝シブリンは、大臣を集めて会議を開き、次の皇帝に宮廷音楽士マシキシを指名した。伝承の儀が終わるや前皇帝となったラビットは盗賊仲間とともにアバロンを出奔し、放浪の旅に出た。
2004年、第92代皇帝として即位したマシキシはダウンフォール作戦で疲弊した兵の再編成に務めた。ロックブーケ、ボクオーンを討伐した今、人間界に脅威をなす七英雄はヤウダ浮遊城のワグナスのみとなった。ノエルとは休戦協定がまだ生きているし、スービエは海をさまようだけでボクオーンはナゼール地方で魔物狩りに夢中。
「ワグナスはボクオーンより段違いに強いという。あわてて討伐の兵を起こすより休養を第一とす」
マシキシは自ら組織した楽団を率い、毎週末に王宮でコンサートを開き、アバロンの文化的名声は高まった。まだ辺境にモンスターが出ているのにそんなことしている場合かという陰口もたたかれたが、マシキシの治世は22年続いた。しかしマシキシは曲作りに励むあまり寝不足がたたり病を得てしまった。マシキシは前々皇帝のシブリンと協議し、2026年、王位を近衛中隊長ダンクツに譲った。
ダンクツは長身の偉丈夫で、軍隊マーチを指揮していた関係でマシキシの覚えが良かった。しかしダンクツも積極的に打って出ることはせず、辺境でのモンスター戦のため6つの特殊兵団を組織し、ローテーションでハリア半島やルドン高原といった辺境の警備にあたらせた。
第93代皇帝ダンクツの治世は30年以上続いたが、地方巡幸中に馬から落ちて負傷し、その傷が元で亡くなった。
ダンクツの残した詔により、2059年、海軍軍人トモワインが94代皇帝として即位した。トモワインは冷静な軍人で、七英雄との戦線にかんしては不拡大方針を堅持した。彼は帝国艦隊の充実に国家予算を注ぎ、砲艦10隻からなるアバロン第1艦隊を編成した。それでスービエと対決するのかと思われたが、トモワインはせっかく建造した砲艦を沈めたくなかったのか、せっかく作った艦隊も遠洋航海はほとんど行わなかった。やがてトモワインは老いたので、後任に男魔道士・ターマンヌを指名した。
2090年、第95代皇帝に即位したターマンヌ皇帝も積極的な外征を控え、魔道研究所でかずかずの合成術の研究に明け暮れた。ヤウダのイーストガード衆からはワグナス討伐の要請がひっきりなしにあったが、皇帝は「まだその時期にあらず」と外征を先送りし、やってくるイーストガードの使節を酒食でもてなし続けた。ターマンヌは70歳になるころ退位を宣言し、後任にまたも海軍軍人・トンカーゴを指名した。
2125年、第96代皇帝に即位したトンカーゴ皇帝は、表向きワグナスの浮遊城侵入のための魔道気球を研究したが、本心では海軍力を摩耗させることを好まず、近海を回る練習航海にあけくれた。91代ラビット帝が退いてから100年以上、辺境でのいざこざはあるもののかりそめの平穏が訪れた。しかし2150年、ヤウダ地方のイーストガードが武装蜂起し、ワグナスの住む浮遊城へ手製のプロペラを用いて殴り込みをかけたが、モンスターに太刀打ちできずほぼ全滅の憂き目にあった。この悲報にもトンカーゴ皇帝は動ぜず、艦隊の充実に力を注いだ。
2157年、トンカーゴは老境に入り「隠居したい」と言いだし、後任の第97代皇帝にに魔道士クモミカンを指名した。しかしクモミカンも「七英雄を討伐するには魔道の力をきわめてからだ」と慎重姿勢を崩さず、七英雄との戦線は不拡大方針を堅持した。
クモミカンは魔道研究所に日参し、合成術の研究に明け暮れた。2191年、無理がたたりクモミカンが吐血。魔道研究所は次の皇帝を慣例により海軍軍人のなかから選ぶことにし、第98代皇帝として海軍軍人ミカナミが即位した。
この2059年から2220年までの海軍組織と魔道研究所の5代に渡る皇帝のたらい回しは後程「ネイビーウィザード」と呼ばれた。ようするにアバロン帝国のカネのかかる2大部署が自らの省益拡大のために皇帝の座を利用したというのが真相。しかし2220年、ミカナミ皇帝は航海中に大しけに遭い乗艦が難破し非業の死を遂げた。七英雄スービエの差し金かどうかはわからずじまい。
重臣会議は次の皇帝を慣例により魔道研究所のスタッフから選ぼうとしたが、皇帝を引き受けると七英雄により命を狙われると考えたのか、だれもなり手がいなかった。次期皇帝選びは紛糾したが、アバロン宮殿に茶葉を納入していた商人ソビユンがその話を聞き、一身をなげうって皇帝の座を引き受けると懇意にしていた官吏に言ったので、ばたばたとソビユンが第99代皇帝に決まった。
むろんソビユンは皇帝の座を利用して自らが経営する茶園の業容拡大を図るのみであった。兵の糧食にも茶と茶菓子を納入させ、国立大学や魔道研究所にも茶葉と茶菓子を納入させ、ソビユンは上前をはねて蓄財に励むという仕組みが出来上がった。勢いに乗るソビユンはワイリンガ湖の水産物を燻製に加工し、それを各都市に流通させるという新規ビジネスに手をだしたが、運搬中の隊商が魔物に襲われ全滅する事件が起こった。
「おのれワグナス」
金儲けを潰されたソビユン帝は怒りに震えた。ソビユンはひそかにワグナス抹殺のための選抜部隊の編成に取り掛かった。しかしワグナスを倒すには伝承法を身につけた皇帝が最強の兵となって先頭に立たなければ勝つことは覚束ない。老境に入った自分では無理だ。そう考えたソビユンは2252年、皇帝の座を帝国軽装女兵士イングリッドに譲り、自らは東アバロン会社を設立しその会長に収まった。
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