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2017年1月23日 (月)

SPZスター選手列伝130 瀬戸田光

SPZスター選手列伝130
従業員コード144
瀬戸内の流星 瀬戸田光

本名・同じ。2079年10月22日、広島県尾道市出身。学生時代にアマレスと陸上競技で体を鍛え、SPZスカウトの目に留まりSPZ87期として入門、2095年6月7日、山口県体育館での対 仙涯零戦でデビュー。思い切りのいいファイトスタイルで奮闘し、トップグループに割って入る。得意技はフロントスープレックス。

2104年10月22日、新日本ドーム大会での対 スカルオーク戦で引退。稼働月数113ケ月、出場試合数(概算)808試合。

タイトル歴
第180代・182代・184代・186代SPZ世界タッグ王者(パートナーは真田美幸)
第139代あばしりタッグ王者(パートナーは真田美幸)
第141代あばしりタッグ王者(パートナーはパンサー理沙子)
第74回ウルトラタッグリーグ優勝(パートナーは真田美幸)

セブン山本コメント

志が強く、人一番練習熱心な選手だった。その甲斐あってトップグループに食い込み、ながいあいだトップ戦線で活躍されたが、とうとうSPZシングルのベルトを巻くことはできなかった。豊富な練習量に裏打ちされた得意のタイガースープレックスは腕のフック、ブリッジともに申し分なく、ほとんどのレスラーはあれを食らったら終わりなのだが、化け物クラスの選手は力ずくで返されてしまうケースがあり、おうなってしまうと次の攻め手がなく勝ちきれないという試合がいくつかあった。

SPZでトップグループに食い込んだ選手は、かなりの確率で1度はシングルベルトを巻いているので、そういう意味では実にもったいない選手だった。キャリアの中盤まではTMクローンズの高い壁に屈し続けたというのはあるが。

引退後は会社に残り、宣伝部員としてSPZのパンフレットやポスター、WEBデザイン制作などを担当されている。
筆者注:沢崎光の2回転目です。尾道港、瀬戸内の少女をイメージしながら書きました。

2017年1月20日 (金)

SPZスター選手列伝129 橘みずき

SPZスター選手列伝129
従業員コード:146

橘みずき

本名・同じ。2080年5月14日、福井県敦賀市出身。学生時代に器械体操で体を鍛え、SPZにスカウトされる。SPZ88期として2096年5月13日、熊本アクエリアンドーム大会での対 仙涯零戦でデビュー。器械体操の経験を生かした身のこなし、素早さで上位戦線入りをうかがっていたが、2098年12月、突如退団しアメリカマットを転戦。しかし2100年9月、日本マット復帰を決断し、SPZに出戻り参戦、アメリカで発掘した謎のパートナー、ジニアスとタッグベルトを奪取。得意技はフライングニールキック。
2104年2月22日、横浜スペシャルホール大会での対 パンサー理沙子戦で引退。稼働月数94ケ月、出場試合数(概算)552試合

タイトル歴
第187代 SPZ世界タッグ王者(パートナーはハチェマレ・ジニアス)
第77回ウルトラタッグリーグ優勝(パートナーはハチェマレ・ジニアス)

セブン山本コメント

とにかく身のこなしが軽い選手だった。橘みずき・真田美幸・瀬戸田光の若手ユニット「スプラウト」で脚光を浴びたのだが、SPZのギャラでは満足せず、アメリカマットで大きく稼ぎたいという野望を持ち、一時期SPZマットを離れたが、パワーに難があるためか、結果的にアメリカマットで大成することはできず、SPZに出戻ってきた。復帰後はジニアスのパートナーとして大いに活躍された。

引退後はアメリカマット経験を活かし、コーチ兼外人係として、参戦外人選手とのパイプ役を務めている。

2017年1月19日 (木)

SPZスター選手列伝128 金井美香

SPZスター選手列伝 128
従業員コード:148

華麗なジャーマン 金井美香
本名、同じ。2082年1月31日、北海道網走市出身、SPZ89期として2097年5月3日、岡山武闘館大会での 対上沼垂鉄子戦でデビュー。前座戦線でやられながらプロレスを習得し、川端明子と組んであばしりタッグ王座に輝く。得意技はジャーマンスープレックス。2103年5月22日、横浜スペシャルホール大会での 対 パーシー町田戦で引退。稼働月数73ケ月、出場試合数(概算)515試合

タイトル歴
第129代あばしりタッグ王者(パートナーは川端明子)

セブン山本コメント
キャリアの大半を前座要員で過ごした選手だった。線が細く攻め込まれると脆い選手だったが、意外にもレスリングセンスはいいものを持っており、難易度の高いJOサイクロンも時折見せる器用さを持っていた。1度だけ第91回Sクラ本大会にも出場した経験も持つ。だが腰の負傷のため6年余りで現役を離れることになった。引退後は歌手に転向し、小さめのライブハウスで美声を披露されている。

2017年1月18日 (水)

SPZスター選手列伝127 TMクローンズ

SPZスター選手列伝127

従業員コード 143

TMクローンズ

本名、窪川希望。2078年6月10日、京都府京都市出身。SPZのスカウト部に紹介があり、SPZ86期として採用され。2094年7月11日、うつのみや市体育館大会での対 仙涯零戦でデビュー。練習熱心な性格で,体幹の強さとグラウンドレスリングの技術はしっかりしており将来を嘱望されていたが、これに目をつけたマッド医師欲野深三の手により改造手術を施されてしまい、SPZ史上最強レスラーといわれた南利美のDNAを注入され、TMクローンズとして再デビュー。市ヶ谷レイカを下してSPZ世界王者となり、一躍トップとなる。得意技は飛びつき腕ひしぎ逆十字。

2102年11月25日、横浜スペシャルホール大会での対 瀬戸田光戦で引退。 稼働月数101ケ月、出場試合数(概算)762試合

タイトル歴
第251代・253代・258代・260代・267代SPZ世界王者
累計防衛回数26(歴代7位)

第176代・179代SPZ世界タッグ王者
(パートナーは鳥海理奈)
第181代・185代SPZ世界タッグ王者
(パートナーはスカルオーク)
第188代SPZ世界タッグ王者
(パートナーはスーパーカムイ)

第89回・91回・92回SPZクライマックス優勝
第71回・第73回ウルトラタッグリーグ優勝
(パートナーは鳥海理奈)
第75回ウルトラタッグリーグ優勝
(パートナーはスカルオーク)

セブン山本コメント

京都の山奥でひたすら柔術と空手をやっていた秘蔵っ子で、本人は総合格闘技をやりたかったが、市ヶ谷レイカの暴虐ファイトを見て、この人を叩き潰したいと思うようになりSPZ入りした経歴の選手。あのSPZ1期・南利美のクローンというギミックを与え、格闘サイボーグ的なヒールとしてトップ戦線に君臨し続け、SPZの長い歴史の中でも10本の指に入る強者の呼び声が高かった。惜しむらくは市ヶ谷引退後は燃えられる相手に出会えず、総合格闘技に転向するためSPZを退職という仕儀になった。レスラー引退後は総合格闘家としてリングに上がり、アメリカ修行を経て年に数回戦いの場に登場している。

2016年9月 2日 (金)

SPZスター選手列伝126 川端明子

SPZスター選手126
従業員コード:142
川端明子

本名、同じ、2077年11月20日、長野県川上村出身。実家が大規模レタス農家で幼少のころから農業で体力をつけ、SPZ新人テストに合格。2093年5月19日、高知市体育館の対 仙涯零戦でデビュー。パワーには難があるものの、インサイドワークに磨きをかけて上位をうかがう。得意技はSTF。
2102年8月22日、横浜スペシャルホール大会での 対 滝翔子戦で引退。稼働月数112ケ月、出場試合数(概算806試合)
タイトル歴
第131代あばしりタッグ王者(パートナーは金井美香)
第134代あばしりタッグ王者(パートナーは我那覇愛)

(セブン山本コメント)
新人テストで獲得した選手で、身体の線も細く、はっきりいって大成は望めなかったが、彼女なりに地道な努力を続け、前座から中堅にかけてそこそこのファイトを展開された。非常に研究熱心なところがあり、キャリアの後半に入ってもよほどのことがないかぎり自分の試合が終わるとすぐジャージに着替えてメインやセミの試合でセコンドにつき、若手選手と混じって紙テープ片付けなどの雑用をこなしつつトップ選手の動きを見ていた。引退後は人当たりの良さを買われて団体に残り、女性マネージャーとして控室の管理などの裏方雑用を行っている。

2016年9月 1日 (木)

SPZスター選手列伝125 我那覇愛

SPZスター選手列伝125
従業員コード:140
南国の太陽 我那覇愛
本名、同じ。2076年10月10日、沖縄県名護市出身。中学のころから琉球空手で体を鍛え、SPZ84期として、2092年5月11日、山梨カイメッセ大会での対 上沼垂鉄子戦でデビュー。身体能力はなかなかのものであり、入社2年目でSPZクライマックス出場を果たす。その後も順調に出世街道を駆け上がり、遠藤亜美を下してSPZ王者に輝く。最近も9年連続SPZクライマックス出場というタイ記録をマークするなど好調。得意技は火炎レッグラリアート。

2102年4月21日、新日本ドーム大会での対 中神朝香戦で引退。稼働月数120ケ月、出場試合数(概算)882試合
タイトル歴
第249代SPZ世界王者
第174代・178代SPZ世界タッグ王者(パートナーは藤田一美)
第183代SPZ世界タッグ王者(パートナーはスーパーカムイ)
第133代あばしりタッグ王者(パートナーは川端明子)
(セブン山本コメント)

幼いころから琉球空手と柔道をやっていて、格闘センスはかなりのものがあったいい選手。一度はSPZ世界王者にも輝いた。真面目で練習熱心な性格でほかの選手・関係者からの信頼も厚く、10年の長きにわたってSPZでファイトされた。ただどうしても突き抜けた能力がないため、市ヶ谷レイカや遠藤姉妹、TMクローンズの影に隠れてしまい、トップ選手の凄味という部分においては難があった。引退後は故郷の沖縄に帰り、プロレスで稼いだ資金を元手に貸しビル業をスタートさせ、夢の賃料生活をもくろんでいるようだ。

筆者より:ブレード上原の2回転目です。性格はアイドルマスターの我那覇響ちゃんを多少入れました。

2016年5月17日 (火)

SPZスター選手列伝124 藤田一美

SPZスター選手列伝 124

従業員コード:139

七色のスープレックス:藤田一美

本名:同じ。2075年11月26日、栃木県小山市出身。学生時代は陸上競技で体を鍛え、SPZに入門し、SPZ83期として2091年5月13日、岡山武闘館大会での対 鳥海理奈戦でデビュー。前座戦線で奮闘しながらプロレスを覚え、我那覇愛とタッグを組んでSPZ世界王者に輝く。得意技はJOサイクロン。

2100年4月21日、新日本ドーム大会での対 金井美香戦で引退。稼働月数108ケ月、出場試合数(概算)792試合

タイトル歴
第174代・178代SPZ世界タッグ王者
(パートナーは我那覇愛)
第131代あばしりタッグ王者
(パートナーは川端明子)
第72回ウルトラタッグリーグ優勝(パートナーは我那覇愛)

セブン山本コメント
スポーツ万能というふれこみで前評判は高かったが、そんなに馬力は強い方ではなかったので強豪選手とシングルで当たると最後は力負けするケースが多かった。しかしタッグ戦線では我那覇愛のパートナーとして活躍し、世界タッグのベルトも巻いた。足腰のバネには定評があり、難易度の高い大技・JOサイクロンも使いこなす名選手だった。引退後はスポーツジムのインストラクターとして第2の人生を送っている。

(藤原和美の2回転目です)

2016年5月16日 (月)

SPZスター選手列伝123 鳥海理奈

SPZスター選手列伝123
従業員コード:138

鳥海山の猛風:鳥海理奈

本名:青江理奈、2074年9月25日、秋田県象潟町出身、鳥海山麓の農場で幼いころから農作業の手伝いをしていたこともあって強じんな足腰。新人テストに合格し、SPZ82期として2090年5月10日、山梨カイメッセ大会での対 REI戦でデビュー。持ち前の馬力で前座戦線を沸かせ、TMクローンズと組んでSPZ世界タッグ王者となる。得意技はラリアット、パワースラム。

2099年9月23日、さいたまドーム大会での対 中瀬ピラニア戦で引退。稼働月数113ケ月、出場試合数808試合(概算)

タイトル歴

第170代・172代SPZ世界タッグ王者(パートナーは市ヶ谷レイカ)
第176代・179代SPZ世界タッグ王者(パートナーはTMクローンズ)
第71回・第73回ウルトラタッグリーグ優勝
(パートナーはTMクローンズ)

セブン山本コメント

ヒール側のわき役として、興行の盛り上げに大いに貢献していただいた名選手だった。ファイトスタイルは馬力で押すタイプの選手で、場外乱闘も辞さないワイルドなファイトを見せていたことからいつの間にか市ヶ谷レイカのヒール陣営に組み込まれてしまった。

本人はさして気にせず、「こういう役回りの選手がいるからプロレスのタッグマッチが面白いんじゃないですか」と達観していた。試合終了間際の立ち回りは手慣れたもので、相手チームの主力選手を力ずくで分断、釘づけしている間に市ヶ谷やTMが試合を決めるというシーンが良く見られた。引退後は郷里の秋田に帰り、実家の農場の手伝いをして暮らしているらしい。

2016年3月15日 (火)

SPZスター選手列伝122 遠藤亜美

SPZスター選手列伝 122
従業員コード136

恐ろしい双子姉妹の妹:遠藤亜美
本名:同じ。2074年6月29日、鹿児島県川内市出身。幼少のころからキックボクシングの経験があり、これに目を付けたセブン山本がスカウトに動き、双子の姉の遠藤真美ともども採用される。SPZ82期として2090年5月10日、山梨カイメッセ大会での対 金森麗子戦でデビュー。
思い切りのいい格闘技向けの性格ということで、新人でありながら市ヶ谷レイカのタッグパートナーに起用され、実力急上昇中。ついには入社1年少々でSPZ世界タッグを奪取。以来めきめきと実力をつけ、第86回SPZクライマックスではついに市ヶ谷を倒し優勝を果たす。得意技はデスソースキック。
2099年5月、横浜スペシャルホール大会での対 TMクローンズ戦で引退 稼働月数109ケ月 出場試合数(概算)792試合
タイトル歴
第248代SPZ世界王者
第252代SPZ世界王者
第255代SPZ世界王者
(累計防衛回数9回)
第166代SPZ世界タッグ王者(パートナーは市ヶ谷レイカ)
第169代・173代・第175代SPZ世界タッグ王者(パートナーは遠藤真美)
第119代あばしりタッグ王者(パートナーは遠藤真美)
第86回・87回・88回・90回SPZクライマックス優勝
第66回ウルトラタッグリーグ優勝(パートナーは市ヶ谷レイカ)
第69回・第70回ウルトラタッグリーグ優勝(パートナーは遠藤真美)

セブン山本コメント
双子の姉の遠藤真美と同時採用して入ってきた選手だが、物おじしない性格と格闘センスは亜美の方に一日の長があり、あの市ヶ谷レイカをして「まともに入ったら眠ってしまうやばいくらい危険な蹴り」と警戒していた。独特の入り方をする頭部への上段蹴りは、団体サイドが悪乗りして「デスソースキック」と名付けられ、食らった相手は悶絶してしまうのでまずフォールを返せない・・・という威力であった。

市ヶ谷レイカの時代を止めて団体の頂点に立ったが、蹴りが当たらないとお話にならないという緻密さとは縁遠いファイトスタイルのためか、TMクローンズとの抗争に敗れ、現役生活の晩年は遠藤真美とのタッグ屋として会場を沸かせていた。

引退後は物おじしない性格を活かしてスポーツ系タレントに転向し、アクションのできる女優として2時間ドラマや映画に出演するかたわら、個人事務所を設立して、プロレス・格闘技興行のプロモーターを手掛けるなどの幅広い活動をされている。

2016年3月14日 (月)

SPZスター選手列伝121 遠藤真美

SPZスター選手列伝 121
従業員コード137
恐るべき双子姉妹の姉:遠藤真美
本名:同じ。2074年6月29日、鹿児島県川内市出身。幼少のころからキックボクシングの経験があり、これに目を付けたセブン山本がスカウトに動き、双子の妹の遠藤亜美ともども採用される。SPZ82期として2090年5月11日、別府ビーコンホール大会での対 REI戦でデビュー。妹の亜美が思い切りのいいファイトで順調に出世街道を突っ走るが、こちらもかなりの威力の打撃で確実に力をつけてきており、ついに亜美とのタッグでSPZ世界タッグ王者に輝く。得意技はハイキック。
2099年3月26日、さいたまドーム大会での対 ユキ萩原戦で引退。稼働月数107ケ月、出場試合数(概算)747試合

タイトル歴
第169代・第173代・第175代SPZ世界タッグ王者(アートナーは遠藤亜美)
第119代あばしりタッグ王者(パートナーは遠藤亜美)
第128代あばしりタッグ王者(パートナーはユキ萩原)
第69回・第70回ウルトラタッグリーグ優勝(パートナーは遠藤亜美)

セブン山本コメント

双子姉妹で入社され、キックボクシング出身とあって蹴りの威力はすさまじいものがあった。ただ、若手時代にスパーリングで相手を思い切り蹴ってKOしてしまい病院搬送に追い込んだことがあったので、本人はその記憶がトラウマになったのか、引退するまで、頭への打撃はある程度威力をセーブして繰り出すようになった。

妹の方が大物感を漂わせ、市ヶ谷越えを達成し団体の頂点に登りつめてしまい、「悔しくないのか」とファンや関係者から言われたが、本人はさして意に介せず、「真美は真美だから」と、自分のプロレスをやりきることに徹していた。遠藤亜美との双子タッグは、二人揃うと手が付けられない強さで、連携攻撃も息があっており、世界タッグを何度も戴冠したが、試合の最後は亜美に任せて、自らは分断役を買って出ていた。そのかたわら2期先輩のユキ萩原との「ゆきまみタッグ」であばしり戦線を沸かせ、こちらは先輩を立てつつ、矢面に立って相手との競り合いを制する器用さも見せていた。

引退後はトレーナーに転身し、整体の修行を積みながら、プロレスラーや格闘家の身体のケアを担当されている。

(筆者注:近藤真琴の2回転目です。サイクロン近藤と同時同年齢での採用でしたので、双子姉妹というトンデモ設定にしました。性格はアイドルマスターの双海真美を参考にしています)

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